白花天女   其の二

 

 

 

 

 

かごめは、そのまま、男の寝込んでいる納屋で夜を過ごすことになった。

 

もちろん、見ず知らずの男と部屋をともにすることなぞ

絶対に許せないと犬夜叉も部屋の片隅に座り込み、

同じように男の様子を伺った。

 

珊瑚と弥勒は、また別の村に妖怪退治を楓から依頼され、朝一番に出立せねばならないと

かごめに看病を任せ、先に楓の部屋で休んでいた。

 

(犬夜叉、くれぐれもかごめ様に気を配ってやるのですよ!)

 

(ほいほいとかごめちゃんを置いて、勝手にどっかに行ったりしないんだよ!)

 

―――――なんでも、俺が悪いのかよ!

 

思い変えず度になにやら、はらわたが煮えくり返ってくる。

が、言い返せない自分もある。

弥勒と珊瑚に、びっちりと釘を刺された犬夜叉は、

一生懸命、看病を続けるかごめを見守ることが精一杯だった。

 

かごめは、時折、うとうとするも、ふっと目を開けると

自分の顔をぱちぱちと叩き、眠り込まないよう気合をいれる。

犬夜叉は、そんなかごめが気になる。

面白くない。

 

なんで、見ず知らずの、よりによって若い男なんぞ・・・!

 

そんな感情がぐるぐる渦巻く。

もちろん、そんな感情を悟られまいと平静を装ってはいるが。

 

(お前の体までやられちまうだろうが・・・)

 

必死に眠りをこらえるかごめに痺れを切らしたのか、病人に気を使いながら、

そっとかごめに近づくと、小声でかごめの耳元で囁く。

 

「無理すんじゃねぇ。おめえの体までやられちまう・・・」

そういうと、かごめのとなりに腰を下ろし、肩に手を回すと、

そっと自分の方へ体を寄せた。

 

「・・・だって、ほっとけないよ。」

 

ようやく、いつものようにかごめは応えた。

 

「こんな怪我して・・・。」

 

じっと男の方に目をやると、少し悲しそうにつぶやいた。

 

「話は弥勒たちに聞いた・・・。」

 

そして、一呼吸おいて、

 

「桔梗と呼ばれたのが・・・気になるのか?」

 

かごめの肩に回した肩の手に力が入る。

 

「気にならないっていったら、うそ・・・よね。でも、誰に間違おうが、怪我していることに変わらないし、それに・・・」

 

言葉の続きが気になった犬夜叉は、男を見るかごめのまっすぐな視線を見つめた。

 

「私は私。・・・桔梗じゃないし・・・。」

 

そういうと、かごめは犬夜叉の顔を見つめ、くすっと笑った。

 

 

ああ、この笑顔だ・・・

 

 

犬夜叉は、さっきまでの妙な緊張感から、開放されるかのようにほっと胸をなでおろした。

さっきまでのどこか、よそよそしいかごめの態度がどうしてだったのか、今になってようやく理解できた気がした。

 

この変えがたい笑顔が曇った理由。

桔梗に会いに行ったことでも、勝手に出かけていったことでもない・・・。

自分のこと・・・。何よりも自分の身を案じていたかごめ・・・。

 

「その、・・・すまなかった。夕べは・・・。勝手に行っちまって・・・」

 

意外に素直に謝る犬夜叉にかごめは、驚きを隠せなかった。

が、一人置いてけぼりを食らった仕返しもしたくなった。

 

「そうよ。どれだけ心配したと思っているのよ!あんな顔してうなされている犬夜叉見たら誰だって心配するわよ!」

 

ぷうっと頬をふくらませ、犬夜叉を見据えた。

 

「なんでぇ!だから謝ってるじゃねぇか!」

 

「ふーん、開き直るんだ。なんか謝んなきゃいけないようなことでもしてきたの?」

 

まだ、かごめは突っかかる。思わずむきになる犬夜叉。

 

「んだよ!その目は!・・・やな夢見ちまったんだよ!だから・・・!」

 

そう言葉を述べたとき、かごめは、ゆっくりと犬夜叉の胸に顔を埋めた・・・。

 

「心配したんだから・・・、バカ。」

 

「・・・かごめ・・・」

 

犬夜叉は、胸元に沈み込むかごめの頭を、肩に手を回した反対の手で静かに抱え込んだ。

ゆっくりと沈み込んでゆくかごめ。

やがて、かごめは犬夜叉の胡坐をかいた足に頭を預けた。

 

自分の懐に抱えた大切な宝物。今までの思いつめた感情が静かに流れる・・・。

愛おしい、こんなにも愛おしい。

夕べ、桔梗を包み込めなかった自分の腕は、頭より正直かもしれない。

なぜなら、今の自分は頭で考えるより先に手が動くからだ。

 

どんなときにでも、自分のこの腕はかごめの体を包み込む・・・。引き寄せる・・・。

 

どことなく腹の芯に熱い何かが流れてくるような感触が頭にまで伝わってきた。

何かしら、動物的な衝動。

 

「・・・お前の笑顔が・・・、やっぱり、俺には・・・お前が・・・」

 

そうつぶやくと、潤んだように目を細め、懐のかごめに目を下ろした。

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

(寝ちまった、か・・・)

 

 

(疲れてるんだな・・・)

 

 

 

 

 

一瞬そう思った犬夜叉はふっと笑みを浮かべると、

その眠りを妨げまいと、かごめの寝顔をいとおしげに見つめ、

そのまま静かに、そっと壁に背をもたれた・・・。

 

 

 

「・・・なんだ?仲直りしたのか・・・」

「ほんとだ。かごめちゃんも心広いよね・・・」

 

夜明け間際、出立前に納屋の様子を見にやってきた弥勒と珊瑚は、納屋の簾の隙間から

覗くと、どこかしらつまらなさそうにつぶやく。

 

犬夜叉とかごめが仲睦まじく寝ている姿を見つめ、

 

「じゃ、行こうか?法師様。」

 

「ま、犬夜叉の手を借りるまでもないでしょう。」

 

と犬夜叉とかごめを残し、雲母に跨ると、早々に目的地へと向かっていった。

 

 

その様子を男は薄目を開け、黙ったまま、見つめていたことなど、まったく気づきもしなかった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、朝日が納屋の窓から差し込んできた。

その光はかごめの目を射抜くように顔を照らした。

 

「・・・(あれ?)」

 

しばし、考えた。妙に暖かい。

何が暖かい?え?紅い?・・・!!!!!

 

自分が犬夜叉の膝枕で寝入ってしまっていた気がつくと、思わず上半身を飛び起こした。

 

「あれ、私、いつの間に???」

「目ぇ、覚めたか?」

「寝ちゃった・・・んだ・・・。」

かごめは真っ赤になった。

今更・・・とは思うものの、やはり恥じらいは隠せない。

だが、犬夜叉は平然とし、「くわぁ〜っ」とようやく空いた体を起こし、伸びをした。

「あんまり、よく眠っていたから、そのまんまにしてたんだよ」

少し照れながら、かごめを見つめた。

「ごめん、犬夜叉・・・。」

「別に謝るようなことじゃねぇだろ・・・」

「そうだけど・・・」

(まさか、男の人の膝枕で寝入るなんて、あ、あたしって・・・。しかも怪我人いるのに!)

と、そこまで考えたとき、「そうだ、あの人!」

と、昨日の男の顔を覗き込んだ。

 

顔色を見るとだいぶ落ち着いたように見える。

が、まだ寝ているのか、目は閉じたまま。

熱を見ようと、手を差し伸べた瞬間。

 

「・・・ぁ・・・、あの・・・」

 

と、男はゆっくりとかごめの顔を見つめた。

 

「気がついたのね!」

 

「・・・」

 

男は体を横たえたまま、部屋を見回す。

見知らぬ天井。

気がつけば自分は布団の中。

目の前に異国の装束を身に纏う女。

そして、その後ろには、真っ赤な水干に包まれた頭に獣の、犬のような耳をした妖怪らしき人。

 

「私は、どうして、ここに・・・?」

と身を起こそうとした瞬間、「あぅっっっ!」と肩を押させ、激痛に顔をゆがませた。

「まだ、寝ていた方がいいわ。」かごめが男の背を支え、そっと布団に寝かせた。

犬夜叉は黙って見守っているはいるものの、右手は腰元の鉄砕牙を握り締め、男を睨み付けていた。

 

(なんの、匂いだ?・・・この匂い、知ってる・・・)

 

不審に感じた犬夜叉は、刀から手を離せない。

夕べ、かごめが薬箱から取り出し、傷薬に塗った薬のせいか、

鼻につくもうひとつの匂いの記憶がうまく引き出せない。

 

この匂い、知っている・・・?

 

犬夜叉の心配をよそにかごめは、男の額に手をやると、

「熱はだいぶ引いたみたい・・・。何かほしいものある?」

とやさしく聞いた。

男は「水を・・・」と一言、ぽつりと応えると、まだ痛む肩に手を添え、再び顔を引きつらせ、目を閉じた。

 

「わかった。お水ね。それと何か食べ物持ってくる。犬夜叉、ちょっとお願いね。」

と、納屋を後にした。

 

 

男は、まるで狐に化かされているかのように、空ろ下に天井を見つめる。

犬夜叉は、容赦なく男に問いただした。

「おめぇ、何もんだ?」

腰を上げるほどではないにせよ、身構えた犬夜叉は、男にとって威嚇そのものでしかない。

だが、男はそれにも動じる気配さえ見せることなく

犬夜叉の言葉に応えようとはしない。

 

「・・・」

 

犬夜叉は、ぎっと男を睨んだまま。男も無言のまま。

 

しばらくの間、二人の間にただ沈黙だけが納屋の中で淀んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせ。お水持ってきたわよ。」かごめが沈黙を破るかのように入ってきた。

犬夜叉は、かごめの一挙一動を視界からはずさない。

男は、かごめの手から水を貰うと

ごくごく・・・と一気に飲み干した。

 

咽喉を潤せた快感に浸るように、しばし恍惚としていたが、

ふっとかごめの方に目を向けた。

「助けてくださって、・・・ありがとうございます・・・」

 

男は、かごめにひしゃくを返すと、布団から立ち上がろうとした。

まだ、傷は痛むようだが、立てないことはないらしく、ぐっと膝を立てた。

 

「・・・どこ行こうってんだよ。」

 

犬夜叉は、思わず口火を切った。

 

「助けていただいたことには感謝する。だが、私にはやらねばならないことが・・・」

と立てた膝に手を支え、顔を上げた。

 

その鋭い眼差しは、今まで苦しそうにうなっていた顔ではない。

 

只ならぬ様子に、かごめと犬夜叉は唖然とした。

しかし、まだ傷はまだふさがってもなく、ようやく熱が引いたばかりである。

「まだ、動かない方がいいわ・・・。」

かごめは、男の肩に手を乗せ、もう一度床に横たわるように促した。

男もそれに従い、黙って腰を下ろした。

 

「けっ!」

犬夜叉は、顔を背けた。

 

「あなたの名前は・・・?」

「・・・信手郎・・・と言います・・・」

「私は、かごめ。で、こっちが犬夜叉よ。」

相手を気遣う様に、笑顔で水と一緒に持ってきた汁を、信太郎・・・と名乗る男に手渡した。

「少し、おなかに入れると体力つくから・・・」

「・・・」

信太郎は、黙ったまま、両手で椀を包むように受け取ったが、一向に口に運ぼうとはしない。

「・・・さめちゃうよ?」

かごめは、汁を口に運ばない信太郎の様子をもう一度伺った。

 

「・・・何か、他にほしいものある?」

信太郎は、何も言わず、黙って汁をすすった。が、それ以上、何も言わず、ただ一点を見つめる。

 

「じゃ、何か着物借りてくるわ。汗で気持ち悪いでしょうから・・・」

 

そういうと、犬夜叉の顔をちらっと見ながら、戸口へ向かった。

犬夜叉もかごめの後を追うように外へ向かった。

 

 

「かごめ!」

 

楓の小屋の中に入るといきなり犬夜叉がかごめに向かって怒鳴った。

 

「何よ、いきなり!」

 

突然、声を張り上げた犬夜叉にかごめは驚いた。

 

「あいつの匂いが気にいらねぇ!」

「はぁ?匂い?って、どんな?」

「どんなって・・・」

 

犬夜叉は押し黙ってしまった。未だ思い出せない匂い。

 

「とにかく!あいつには近づくな!」

「怪我してるのよ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 

意味もわからず怪我人を放り出せるはずがない。

が、あまりもの犬夜叉の説得にかごめは聊か憤りを感じ、

「・・・なんだってのよ?」

と犬夜叉をにらんだ。

 

 

「何を騒いでおる?」

と、そこにひょっこり、畑から楓が戻ってきた。

 

 

 

 

 

「ああ、あやつの着替えをな・・・。では、村に行って、どこぞから借りてこよう。」

と犬夜叉に目を向けた。

「お前もいちいちいきり立つものではない。かごめにかなうはずがなかろうが。」

何もかも見透かしたように、犬夜叉に言った。

「なんでぇ、楓ばばぁまで!」

「それがいかんというとるのじゃ。どれ、わしに付き合え。着物を借りに行くぞ。」

「そんなの、一人で行けるじゃねぇか!それとも、満足に歩けねぇくらい耄碌したか?楓ばばぁ!」

 

「おすわり・・・」  「どわっ!」

結局、いつもの口の悪さにお仕置きを食らい、地面に埋まった犬夜叉だった・・・。

 

仕方なく、楓と一緒にすごすごと付き添って、つい先にある家に向かい、歩き始めた。

 

本音を言えば、かごめを一人、見知らぬ男の傍に置きたくはないだろう。

だが、相手は怪我人。

何がどうこうできるものでもあるまい。

ましては、これだけ犬夜叉もかごめにうるさくしていては、あまりにも気の毒・・・。

楓は、少し、犬夜叉の頭を冷やさせようと、かごめから引き離したのだ。

とは言え、すぐに帰ってくる距離ならいずれにしても心配することもないだろう。

 

かごめは、二人を見送ると、信太郎のいる納屋に向かった。

 

「具合はどうですか?」

納屋に入ると、信太郎は既に横になっていた。

寝ているのかな?と、そっと床に近づく。

「・・・寝ているの?」

「・・・あなたは、桔梗・・・様ではないのですか?」

信太郎は、横たえたまま、かごめに尋ねた。

「違うわ。私はかごめ。かごめよ。」

じっと信太郎を見つめ、笑顔で応えた。

「似ているとか、言う人もいるけど。」

もう一度、笑う。

信太郎も、何か違うとかごめをまじまじと見つめた。

「でも、巫女様ではあるのでしょう?」

「・・・あんまり、自覚ないけど、そうみたい。」

不思議なことを聞く人だと思った。

なぜ、そんなことばかり気にするのか。

「桔梗って、知ってるの?」

逆にかごめが桔梗について聞いてみた。

「・・・はい。」

「そう・・・。」

でも、なんの知り合いなのか、どういう関係なのか。そんな疑問がふとよぎったが、すぐさま否定した。

 

(桔梗がこの人と特別な友達って考えられないわ・・・。)

 

直感的に感じた。

だが、信太郎は桔梗にこだわっている。

もしかしたら、巫女にこだわっているのか。

わからないことの多すぎる、この男、信太郎。

この名前さえ本名かどうかわかったものではない。

 

何を考えているのか、一抹の不安はあるものの、かごめは信太郎の体を気遣い、

何をしてやれば、この男は安らぐのかばかりに考えを張り巡らせていた・・・。

自分達は敵ではない・・・。

少なくともかごめは、そう思っていた・・・。

 

「もうすぐ着替えを持ってきてくれるから・・・」

 

そういって、納屋を出ようとしたとき、信太郎はいきなり、手を伸ばし、かごめの腕を掴み、引き寄せた。

「!」

この体のどこにそんな力があったのか?

「ちょ、ちょっとい、痛い・・・!」

かごめは引き寄せられた腕に恐怖を感じる間もなく、床に押し倒された。

信太郎は、華奢な体を下にし、かごめの両手を封じた。

「・・・巫女だ!お前も巫女だろう!」

その目は、焦点の定まらない、どこか異様な雰囲気を漂わせた。

かごめは、組み敷かれた体を何とかのけようと試みるが、やはり男に適うはずがない。

(いやっ、犬夜叉!助けて・・・!)

 

 

 

 

「なぜ、あの怪我人を煙たがるのだ?」

 

田んぼの脇道を歩く楓と犬夜叉。

犬夜叉は、かごめと別れてから、眉間に皺を寄せ、ずっと仏頂面で両手を組んでいる。

「・・・気にいらねぇ。それだけだ。」

犬夜叉の性格だ。大方、かごめが他の男と一緒にいることが許せないのだろう。

ましては、桔梗を知っていることとなれば、なおさらのこと。

楓は、まるで駄々を捏ねる子供を見やるように言った。

「何も心配することはないであろう。たかだか、男の一人や二人。ましては、怪我人だぞ。」

 

楓は、遠い昔を思い出した。

 

遠い昔。もう五十年以上、昔・・・。

まだ桔梗が生きていたころ。

楓がまだ幼少のころ。

 

 

 

洞窟の中。

桔梗は、全身やけどの、あの男、鬼蜘蛛をかくまっていた。

 

『ねぇ、桔梗姉さま。どうして、犬夜叉には内緒にしておくの?』

 

『あれも嫉妬深いやつだからな・・・』

 

楓の目を見つめながらも、その向こうにはおそらく犬夜叉の顔が浮かんであろう、あのときの笑顔。

 

 

 

「・・・かごめはお主にきちんと言ったのだろう?」

「ああ?何を?」

「どうして、看病しているか、なぜ面倒みているのか、を。」

楓は、既にその答えを犬夜叉が知っていることを前提にしたかのように聞いてみた。

「なぜって、そりゃ、怪我してるって・・・、かわいそうだって・・・」

 

犬夜叉は、そのまま歩みを止め、黙って俯いた。

「けどなぁ!」と言葉を繋ごうと楓を見たとき、思わず、口を噤んでしまった。

「なら、何も心配なかろう。」

楓は笑顔で答えた。

意外な表情に犬夜叉は、言葉が出なかった。

だが、もうひとつ気になることを楓に伝えてはいない。

 

あの匂い・・・。

 

覚えのある、あの匂い・・・。

 

犬夜叉は、先を歩く楓に遅れまいと足早に後を追いかけていった・・・。

 

 

 

 

「し、信太郎さん?!ちょ、ちょっと・・・!」

組み敷かれた両手の力がふっと抜けたかと思うと、かごめの上にもろに覆いかぶさってきた。

「・・・いやっ!」

信太郎の体重がもろにかごめの上に圧し掛かってきたかと思うと、

気がつけば、かごめの顔の真横に信太郎の顔がある。

しかし、目は閉じたまま、ぐったりしているようだった。

「・・・信太郎・・・さん?」

いきなり押し倒されたかと思いきや、信太郎はそのまま気を失ってしまったのだった。

 

(取りあえず、この人、なんとかしなきゃ・・・)

 

先ほどの勢いはなんだろうと思いながらも、信太郎の怪我を庇いつつ、圧し掛かった信太郎の体の下から

何とか這い出てきた。

 

(さっきのは、なんだったんだろう?)

 

巫女?

 

かごめは、もう一度、信太郎の体を何とか、もとの位置に戻すと、

さも何事もなかったのかのように犬夜叉達の帰りを待つことにした。

 

信太郎の肩から、少し血がにじみ出ている。さっきの勢いでまた傷が開いたのか?

 

もう一度、薬を塗ろうと思いついたが、それはもう使い果たしてしまったことに気がついた。

そっと、襟元を開き、傷に当てたガーゼをはがしてみる。

 

・・・また開いちゃった!血がでてる・・・!

 

取りあえず、傷を洗おうと今朝ほど珊瑚が汲んできた水桶を取り替えようと

納屋から出たとき、すぐ目の前に犬夜叉達が見えた。

「犬夜叉!」

と声を上げると同時に犬夜叉もぎょっと立ちすくんだ。

「かごめ!何があった?!」

 

(え?まだ何も言っていないけど????)

 

「どうしたんだ?何があったんだ?!」とかごめの肩を掴んだ。

犬夜叉の目線がかごめの体に釘付けになっている。

かごめは、自分の体をちろっとみて見ると、「・・・あ!」と、そこで初めて自分の状況に気がついた。

 

肩から、胸元まで血がついていたのである。

そう、信太郎が圧し掛かってきたとき、染み出した血がかごめの服についてしまったのであろう。

かごめは、そんなことになっていることなどつゆ知らず、犬夜叉に駆け寄るところだった。

しかし、犬夜叉はそんな穏やかな胸中ではない。

誰の血かは、かごめの血ではないことは匂いでわかる。

しかし、どうして、そこに血がついたのか。

 

「ぶっ殺す!」といきなり鉄砕牙を抜こうと刀に手をかけた瞬間

「おすわり!」の一言で見事に止められてしまった。

 

「おめぇ、自分が何されたか、わかっているのかよ!」

 

「そんなことよりも、いきなり切りつけるなんてやめてよ!」

 

「そんな甘いこといってっから、襲われるんだよ!」

 

そこで、はっと気がついた。ひどく心配そうな犬夜叉の顔・・・。「・・・ごめん。犬夜叉・・・。」

 

思わず、水桶を落としてしまった・・・。

そのまま、犬夜叉の紅い袖をぎゅっと握り締め、顔を見上げた・・・。

犬夜叉は、ようやく落ち着いたのか、かごめをそのまま抱きしめ、

「・・・かごめ・・・」と両手ですっぽりと収まるほど小さなかごめのからだを包み込んだ。

「犬夜叉・・・」

「かごめ・・・」

お互いの体に思わず力が入る・・・。

 

 

 

「・・・もう、よいか?」

「!///」   「!!///

 

楓の一言で、抱き合っていた二人は顔を赤らめながら、さっとお互いの体を引っ込めた。

「やだ、楓ばあちゃん、見ていたの?」

「いや、ずっといたんじゃが・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前もいつまでも、そんな血のついた着物なんか早く着替えちまえよ!」

「そんな簡単に言わないでよ。そんなに荷物持ってきていないし・・・」

 

楓は、やれやれと言った感じに

「取りあえず、着物でもはおっとれ」

と巫女装束を差し出した。

 

かごめは、差し出された着物を手に取るのを躊躇った。

 

(・・・気にしちゃう・・・かな?)

 

犬夜叉に目をやる。

 

 

犬夜叉は何も言わず、かごめたちに背を向けると

「・・・あいつ、見てくる」

と楓の家を後にし、納屋の方に向かっていった。

 

「・・・やっぱり、嫌なんじゃないかな。」

「気にすることはあるまい。桔梗姉さまじゃないのは犬夜叉が一番わかっておろう」

「そうだけど・・・。でも・・・」

 

着物を見つめ、つい思ってしまう。

 

犬夜叉と出会ったころ。

まだ、名前さえ満足に呼んでもくれず、たまたま着替えた巫女装束姿のかごめを見たときの犬夜叉の顔・・・。

 

『脱げよ!』

 

『やらしいわねぇ!』

 

『そんなんじゃねぇ・・・』

 

あのときの犬夜叉の表情は今でも忘れられない。

 

想い合った二人に起きた悲劇は今も大きなしこりとなって心に深く燻っていることだろう・・・。

 

 

でも、そんなことを自分で気にしていてもしょうがない!

かごめは、制服を脱ぐと楓に渡された巫女装束に袖を通した。

 

―――――自分で言ったじゃない!かごめはかごめ。

 

着替えを終え、かごめは犬夜叉にさっきの出来事を話しておこうと納屋に足を向けた。

 

―――――この姿をしていたら、もしかして信太郎を刺激するのではないだろうか?

 

不安がよぎる。犬夜叉の反応も怖い・・・。

夕べのこと、信太郎のこと。

 

納屋に向かうまでのわずか数メートルを進む足が重く感じてならなかった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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