白花天女 其の三
そのころ、弥勒と珊瑚は、妖怪退治を依頼された屋敷の奥で
謝礼の代わりにと一席を設けられ、昼間から付近の村人たちを交え、
宴が執り行われていた。
「いや〜、こんな別嬪さんが退治屋とは驚いたねぇ」
「法師様の法力を以てしたら、怖いものなしだね〜」
屋敷の主は既に出来上がっている。
弥勒も、つい「般若湯」をいただく始末。
挙句の果てには、若い女中を見かけると
「私の子を生んでくださらんか?」と手を握り締め、珊瑚から冷たい視線を浴びせられる・・・。
七宝と雲母は我関せずといったところか、
部屋の傍らで、普段はお目にかかれない、お菓子をほおばっていた。
「ところで、話は変わりますが、実は妖怪のことで聞いてみたいことがあったんですがね」
ひょんなことから、名主の妙な出来事を聞くことになった。
「わしの姪っ子の村でのことなんですがね。これがまた、美しい天女のようなのが住み着き始めましてね。」
「・・・美しい、天女のような方・・・ですか?」
弥勒の目つきが変わった。それに気づいた珊瑚もまた目つきが変わる・・・。
話は続く・・・。
「この天女ってのが実は曲者でしてね。なんでも巫女の血を欲しがっているとか何とかって言って、
その村じゃ、迷惑だと退治しようとしたらしく・・・」
「天女を退治・・・ですか。また、それは過激な・・・。」
弥勒も、この話は・・・と杯をそのままにじっくりと聞き耳を立てた。
「この天女も最初はよかったらしいんですよ。病気の子供を治したり、怪我人を見てやったり・・・。」
名主は身振り手振り話し始めた。
「だが、それも最初のうちだけで、やがて妖怪のように人を襲うようになってきたらしく、
とうとう人を殺しちまいやがった・・・。」
名主は、からになった徳利を覗き込み、仲居に追加を頼むと再び目を弥勒に戻す。
「最初にやられたのは、その地に住む巫女らしく、あ、でも、そんときは、
その天女ってのがやったとは誰も思わなかった。」
「でも、悪いことってのは隠せねぇんだよな。ついに正体を現した。」
「村の若い女を取って食うらしく、村人はやばいってんで・・・。なんでも騙まし討ちしたかなんとかで・・・。」
珊瑚も途中からだが、話を聞き始めた。
「何でも、流離って歩く、なんつったけな・・・」
「歩き巫女?」珊瑚が空かさず、口を開いた。
「そうそう、めっぽう霊力のある巫女らしくてね。村の衆が頼み込んだらしい・・・。」
弥勒と珊瑚は目を合わせた。
やたらに符合する奇妙な出来事。
桔梗に会いに行った犬夜叉。
今朝の男。
間違われたかごめ。
話が進むうちに、これは、もしや・・・!と妙な感覚が沸き起こる。
「その巫女様とやらは、どうしたのです?」
弥勒が尋ねた。すでに杯は手から離れ、両手を胡坐を斯いた膝に乗せ、身を乗り出し始めた。
珊瑚も聞き漏らすまいと顔を寄せた。
「その後はよくはわからねぇ。なんせ、ここ数日間、姪っ子には会っていねぇ。」
「・・・お姪御さんは大丈夫だったのですか?」
「姪っ子ったって、もう三十路を過ぎたおっかさんだからねぇ。若くはないだろう。」
と言って、はははっと笑いあげた。
だが、弥勒たちにとっては笑うどころか、大変なことに巻き込まれたか!と直感した。
「珊瑚、戻りましょう!」 「ああ、法師様」
お互い、顔を見やると挨拶もそこそこに屋敷を後にし、楓の待つ村へと急いだ。
いやな予感がする・・・。
弥勒と珊瑚の中に広がる予感・・・。
急いで七宝を抱きかかえると雲母にまたがり、夜の帳を下ろし始めた空を飛び立った――――。
「着替えたのか・・・」
犬夜叉は、そっと納屋に入ってきたかごめの姿を見ることもなく声をかけた。
「・・・うん。・・・ねぇ、犬夜叉・・・、ちょっといい?」
と、外へ呼んだ。
いつの間にか、影が長くなってきている。
もう大分日が落ちてきた。
犬夜叉は、ただひっそりと並んだ影に目を落としていた。
「・・・気になる?」
「何を?」
「その、・・・この格好が・・・。」
「・・・おめぇこそ、気にしてんじゃねぇよ!おめぇはおめぇだろうがよ!」
そこで初めてかごめの目を見つめた。が、すぐに顔を戻した。
(気にしてるじゃない・・・)
むきになるその言葉はまるで自分に言い聞かせるかのようにも取れる・・・。
背を抜けたままの犬夜叉の後姿が言いようのない切なさを込み上げさせた。
(桔梗を考えてるの?)
だが、犬夜叉だけではない。
信太郎もまた、同じように言うのではないか?
桔梗との間になにがあったのか?
そのことを彼に告げなければならない。
背を向けた犬夜叉に、
「ねぇ、犬夜叉。さっきの事なんだけど・・・」
とかごめはさっきの出来事、彼の口から出た言葉を話し始めた・・・。
かごめは、事の経緯を一通り、簡潔に話した。
いきなり襲われた経緯とそのときの彼の発した意味深な言葉。
何かある・・・・。
桔梗の身に何かあったのではないか?
その出来事が何を暗示しているのかわからないが、漠然と募る不安。
かごめの話を聞き終えた終始俯いたまま犬夜叉は、黙って聞いていた。
普段の彼なら、かごめの危機に妥協どころか、「押し倒された」などと知った日には
相手に飛付きかねない。
その部分については、お茶を濁すように少し省いたものの
彼の不振な挙動には解せないことが多すぎる。
かごめに発した言葉の中の「巫女」、「桔梗」のこと。
―――――わからないことばかり。
「犬夜叉・・・」
聞き終えた犬夜叉は何も言わない。
が、その眼差しには何を考えているのか。
犬夜叉の脳裏に脳裏に浮かぶ昨日の夢。
巫女と怪しい男。
だが、桔梗に会って、彼女が無事だったこと、特段変わったことなどは感じられなかった。
ただ、偶然にして、普段着ることのないかごめの今のいでたち。
まるで、どうやっても、夢の再現があるのではないか?と考えるのはおかしいことか?
もしかしたら、あの夢で追いかけられた女とは、かごめのことか?
何か見えない何かが幾重にも重なり、形づいてくる。
だが、未だその全貌が見えてこない・・・。
「ねぇ、聞いてる?」
犬夜叉の顔を覗き込んだかごめの視線でようやく我に返った。
「ああ、聞いてる。気にすんな。何があってもおめぇは俺が守ってやるから・・・。」
(犬夜叉は、何か知ってるの?)
「ああ、聞いてる・・・。大丈夫だ、俺がついてる。」
「そう・・・ね。」
とだけ応えた。
そのとき、雲母に跨った弥勒と珊瑚達が夕日の向こうから帰ってくるのが見えた。
「かごめ様!犬夜叉!」
弥勒達が変化した雲母から飛び降りると二人のそばに駆け寄ってきた。
「お帰り、弥勒様、珊瑚ちゃん。」
声をかけたかごめの姿に弥勒と珊瑚は一瞬驚いた。
その姿はまるで桔梗―――。
初めて見る姿ではないが、さっきの名主の話が頭から離れない二人はその姿を見た途端、
「巫女」を使った天女退治の話がまざまざと蘇ってくる。
「かごめ様、どうなされたのです?この格好は。」
「ちょっとよごしちゃったから、楓ばあちゃんに借りたの。」
弥勒は、「そうですか」と手をあごに当て、じっと目を凝らし、かごめを見つめた。
珊瑚も息を呑むように、かごめの様子を伺う。
「あやつの意識は戻ったのか?」
弥勒は、取りあえずといった感じに犬夜叉に例の男について
その後の様子を尋ねた。
「まぁ、な」
犬夜叉は生返事を返す。
「怪我の具合はどう?」
「・・・うん、そっちの方は少し、傷が開いて・・・。でも今は落ち着いていると思う。」
「傷が開いたの?」
「・・・ちょっと倒れこんで・・・」
弥勒達は二人の様子がいつもと違う雰囲気に包まれていることを察したのか、
手元の杓錠をトンと地面に突き「何があった?」と犬夜叉に詰め寄った。
「別に。たいしたことじゃねぇ」
「・・・そうか。」
(まさか殴りついたわけではあるまい。だが、何か気に掛かる・・・)
「・・・あやつの素性はわかったのか?」
もう一度、納屋にいる男のことについて犬夜叉に尋ねた。
「なんでぇ?なんかあったのか?」
「・・・ちょっとあの男に聞きたいことがある。」
弥勒は、犬夜叉の返事もそこそこに納屋へと入っていった。
かごめは「なんかあったの?」と珊瑚に問いたが、
「ちょっと、ね」とだけでそれ以上何も言わず、弥勒の後を追う。
犬夜叉とかごめも、なんだろうと顔を合わしたものの、そのまま納屋へと入っていった。
「具合はどうですか?」
弥勒は床に横たわった男の脇に正座し、声をかけた。
だが、男からの返事はない。
弥勒はそのまま話を続けた。
「巫女を探しているもの・・・とはあなたの村で、のことですか?」
犬夜叉はピクリと顔を上げた。
(巫女を探している?・・・どういうことだ?弥勒・・・)
信太郎も、その言葉にようやく話す気になったのか、
体を起こし、俯きながらも弥勒の前に座した。
弥勒は手を伸ばし、起き上がる信太郎の体を支えたまま、
「巫女を探している・・・のですか?」ともう一度男に尋ねた。
信太郎は俯いた顔を上げ、意を決したように、
「・・・法師様、お願いです。」と土下座するように額を床に付けた。
弥勒は、そのまま信太郎の姿勢を戻すこともなくなおも言葉を続けた。
「お願い、とは?」
土下座した信太郎は顔を上げた。
膝の上で握った拳をわなわなと震えている。
「どうか、・・・どうか、そちらの巫女様を村に・・・。」
その一言にいち早く反応した犬夜叉。
「どういうことでぇ・・・」
「まぁ、待て。話を聞こう」と信太郎に詰め寄ろうとする犬夜叉を止めた。
信太郎はかごめを見つめた。
「どうかお願いです!私と一緒に村に来てくださいませんか!」
と叫びながら再び土下座した。
「おい!かごめをどうするつもりだ!」
怪我人とはいえ、かごめを連れて行きたいと懇願する信太郎に業を煮やした犬夜叉は頭ごなしに怒鳴った。
弥勒も平静さを装ってはいるが、その眼差しは懐疑的だ。
「天女退治をさせるのですか?」
今にも飛び掛ろうとする犬夜叉を制するかのように口火を切った。
信太郎はぎくっとした。
珊瑚は黙ったまま、男を険しい表情で見下ろしている。
だが、当のかごめ自身にはいったい何のことか見当もつかないとばかりに唖然と見守るばかり。
(天女退治に巫女?)
かごめは、ぎゅっと胸に当てた両手を握り締めた。
今までの彼の不振な態度はすべて巫女を頼りとしたものだったのだろうか?
不安が不安を呼ぶかのように、心の中でどんどん膨らんでいく。
が、信太郎は必死にかごめに泣きつくかのように叫んだ。
「一刻も早く村に、村に来てほしい!だから・・・!」
「!」
気迫に押されたかごめは何一つ言葉を口にすることができなかった・・・。
弥勒達はいったん納屋の外に出た。
「今の話、どう思われます?」
「・・・うそをついているようには見えないけど・・・」
「かごめちゃん・・・」
珊瑚がそっとかごめの肩に手を当てた。
「だめだ!そんな訳のわからねぇところにかごめをつれていけねぇ!」
「でも、退治して欲しいって、あんな怪我をしてまで、ここまで来たのよ!今更だめなんていえないじゃない!」
普段なら、妖怪退治と聞くといてもたってもいない犬夜叉からの思いもよらない言動にかごめは反論した。
「でも、なんで天女退治に『巫女』なんだろう?退治屋仲間からも、そういった話は聞いたことないけど。」
珊瑚は首を傾げながら、弥勒のほうに目を向けた。
いきり立つ犬夜叉。
「天女かなんか知らねぇが、あの男は胡散くさすぎるぜ!」
弥勒もそれは同感だった。だが、村を脅かしていることも事実である。
「いずれにしてもいかねば何もわかしますまい。」
「そうだね。」
結局、犬夜叉を説得するように話をまとめりと弥勒と珊瑚は旅準備に取り掛かった。
その場に残されたかごめと犬夜叉。
かごめは項垂れ、考え込んでいた。
(自分を必要としているのなら・・・。でも桔梗は?なぜ桔梗が・・・。)
犬夜叉は、俯くかごめにそっと寄り添うとかごめの肩を引き寄せた。
お互い心の中にある、言葉に出せない不安が徐々に大きく淀んで広がっていく。
犬夜叉は、かごめ顔g目の体を包み込み、「大丈夫だ。俺がついてるから」と抱きしめた。
「うん・・・」
思わぬ抱擁が、犬夜叉の中にも言いようのない不安が一瞬見えた気がしたかごめだった・・・。
怪我を負っている信太郎を雲母に乗せ、一向はいくつか山を越え、
その天女らしき妖怪のいる村へと向かった。
「犬夜叉、妖怪の気配を感じるか?」
村が見える麓。
森を抜け、村を一望できる丘で足を止め、遠めに村を見渡した。
「いや、怪しい気配は感じないが・・・」
「あたしも特に邪気など感じないけど・・・」
かごめは信太郎の体を気遣うように傍についていた。
珍しく、犬夜叉もそれを承知してか黙って見守っていた。
素性のわからない、ましては他所の男の傍にかごめが一緒にいること自体、忌々しきことではあるが、
自分の視界にいる分には咄嗟がきくと自分に言い聞かせ、
黙ってかごめに傍にいる信太郎を見張っていたのである。
実際、楓の村から出たころから、信太郎の視線が気になって仕方がなかった。
時折、横目で巫女装束を纏ったかごめを見ているのを何度か目にしている。
(何考えている?)
あえて―――、少なくとも村に着くまでは、黙って見張るつもりでいた。
だが、少しでもおかしなことをしでかしたら、その時は人間とて容赦しない。
同じことを弥勒も感じていた。
執拗に巫女にこだわる信太郎。
決して、嘯いた様子はないものの、かごめを必要とするに何か特別な理由があるのか。
(いずれにしても村に着けばわかる)
犬夜叉も弥勒も言葉には出さなかったが、同じ考えに至っていた―――。
村の入り口近くの荒れ果てた小屋まで来ると、信太郎は犬夜叉達に、ここで待つようにと告げた。
「いきなり妖怪まがいのものを連れて行くと皆が怯えますから」
とそれとなく犬夜叉のことを言ったのか、念を押すようにして、村へ続く道へと入っていった。
「けっ、本当に妖怪なんかいやがんのかよ」
「気配など感じませんね」
弥勒は辺りを見回した。
村自体はあまり裕福そうには見えないが、さほど荒れた様子もない。
妖怪が暴れているのであれば、おそらくこんなものではないだろう。
しかし、退治しようとしてくれる人間を連れてきたものが「怯えると困る」といって
ここに留めたのはどういうことか。
確かに犬夜叉は半妖、人間ではないが、法師や巫女、退治屋が一緒にいたのになぜ・・・?
弥勒の中で疑問が大きく沸き起こる。
(わからない・・・)
それは珊瑚も同様だった。
「なんかへんな感じだよね」
「うん、でも妖怪なんているのかしら?」
「そうなんだ。あたしもさっきから気にしてるんだけど、妖気なんて感じないけど」
取りあえず、一同は小屋の中に入ると丸一昼夜歩き続けての旅に疲れた足を伸ばした。
既に夕刻を過ぎ、辺りは火がないと見えないくらいになってきている。
未だ戻らぬ信太郎はどうしたものか。
「いつまで待たせるんだろう?」
「とにかく待てといわれたら、待つしかない、よね?」
かごめは慣れない巫女姿が疲れたのか、足元の袴を整えた。
(この服って動きづらい・・・)
「やはり、かごめ様はいつもの着物のほうがよさそうですね」
弥勒はかごめの様子を見て、くすっと笑った。
「そうね、足元が気になって気になって・・・」
ようやく笑顔に綻んだかごめ。
「あたしにできることってなんだろう?ね、犬夜叉。」
「そんなもん、さっさとぶった切っちまえばいいんだよ。」
こと機嫌の悪い犬夜叉は壁伝いに外の気配を窺っていた。
「だれか来るぞ」
一同は、犬夜叉の視線の先へと顔を向けた。
何やら戸口近く、村の方から何人か人間が松明を掲げて近づいてくる。
犬夜叉はカタリと鉄砕牙を持ち替え、肩越しに戸の外に目をやった。
「村人らしいですね」
弥勒もその様子を隙間から窺った。
攻撃してくるような雰囲気ではないにせよ、その顔つきはどの村人も穏やかではない。
むしろ、何か重々しい。
十数人が小屋の傍までやってきたが、やはり、その中に信太郎の姿はない。
(信太郎はどこへいった?)
やがて長老らしき年老いた老人が小屋の入り口まで来るとそっと細く戸を開けた。
「巫女様が来たと聞いたが・・・?」
小屋の一番奥にいたかごめは一瞬どきっとしたものの腰を上げ、戸口の方へと歩み寄ろうとしたとき、
「かごめ!」
と、咄嗟に犬夜叉が老人へ向かうかごめの足を止めた。
「・・・大丈夫か?」
かごめの不安を感じ取ってか、かごめの顔をうかがった。
かごめ自身、不安で一杯であったが、傍には犬夜叉がいると思うと少し勇気が出たような気がしたのか、
「大丈夫」と小屋の外に顔を出した。
巫女装束のかごめの姿を見た長老らしき老人は「よく来なすった」と丁寧に挨拶すると
「さ、こちらに・・・」と一行を村の方へと案内した。
長老と一緒に来ていた村人たちは無言のまま、犬夜叉達をじっと見ている。
妙な視線。
ものめずらしさと異なる目つきがさらにかごめを不安にしていく。
だが、弥勒と犬夜叉は黙って長老についていく。
かごめと珊瑚も周りを気にしながらもその後を追った。
村の真ん中まで来ると、その中でも一際大きな門をくぐり、中へと通された。
名主の家らしく敷地に母屋と離れと蔵が並んでいる。
その老人の家なのか、仲居は戻ってきた老人に丁寧に頭を下げると、
後ろに続く犬夜叉達にちらりと目を配った。
「離れの客間にお通ししろ。それから、食事の支度を。」
「はい、だんな様」
この言いえて妙な雰囲気が立ち込めている、この村全体。
退治屋一行は、この雰囲気が気になって仕方がない。
退治屋一行に膳を並べ、「何もないところですが」と挨拶を交わす。
弥勒は、この村で起きている天女退治とは何であるか、老人に尋ねた。
「半年ほど前のことです。・・・この村の、そうちょうどこの屋敷の裏手のほうですが・・・」
老人の話とは、こうであった。
半年ほど前、裏手にある社に奇妙な狐火が出るようになった。
最初は、なんかの妖怪かと思いきや、姿こそ光り輝いていたが、それは人の姿をしていた。
偶然、村で病気になった子供の母親がその社に願掛けにお参りにいったところ、
たちどころに子供の病気は治り、奇跡的に回復した。
いつしか、そこの社に病人や怪我人を連れて行くと治してくれる。
村の人々、もちろん自分、長老もありがたいと崇めていた。
ところが、この村に使える巫女が一人、惨たらしい死体で見つかった。
最初はどこぞの盗賊がでたのかとも思ったが、村の連中は誰一人その姿を見ていない。
そうこうしているうちに村の若い娘が一人、また一人と狙われていった。
村中、恐怖で恐れおののいたものの、いつまでもやられっぱなしではいられない。
ある日、その光輝いた人間が娘に襲い掛かっているのを偶然村の衆が見つけた。
これは退治せねばなるまい。
長老は淡々と語った。
「なぜ、天女なのです?姿は光り輝いて見えないはずでしょう。」
「・・・ここいらでは見かけない衣装を纏っていました。頭には見たこともない被り物をしています。
だが、その手は、それこそ美しい白魚のような細い指で・・・・。」
「そうですね。まるで天上界の人のような感じでした。顔はわかりませんが・・・。」
「じゃ、天女かどうか、本当のところはわからない・・・と?」
「そうですね。見た感じのまま、でしたから。」
弥勒は考え込んだ。未だそんな妖怪に出くわしたことはない。
珊瑚も退治屋仲間から、そういった話は聞いたことがないという。
確かに村全体の雰囲気は異様だが、妖気らしきものは何一つない。
「だが、悪もんなんだろう。そいつは。」
犬夜叉は、弥勒達の会話に割って入るように声を荒げた。
「さっさとやっつけようぜ。どこだ、そいつは?」
腰元に置いた鉄砕牙に手を駆け、立ち上がると長老に向かい、言い放った。
「巫女なんざ必要ねぇ。俺一人でぶった切ってやる。」
かごめも気になって仕方がなかった。
長老の話では、真っ先に巫女が殺されている。
自分の命が惜しいとか、そういう次元の問題ではない。
何が巫女を必要としているのか。
長老の話からは、それがまるでわからない。
「先に部屋に戻ってる」と言い残し、弥勒達をそのままに犬夜叉は部屋を後にした。
弥勒は、犬夜叉が部屋を出て行くのを見送ると、もう一度長老の顔を見つめた。
「で、巫女、即ちかごめ様に何をさせたいのです?」
と、まるで、かごめの心を見抜いたかのように長老に詰め寄った。
弥勒も珊瑚もこの点だけは引き下がれないとばかりに長老の口が開くのを待った。
もちろん、この場に犬夜叉がいないのは、かえって都合がよかったかもしれない。
かごめ自身に危険を及ぼしかねない状況にあえて飛び込ますようなことはさせないだろう。
だが、さきの長老の話からは巫女が何故必要とされるのか、脈絡が見えないでは、真理は掴みづらい。
かごめもそのつもりだったのだろう。
長老へと目を向けると
「私は何をすればいいのですか」
と尋ねた。
幾つかの曲がりくねった廊下を進み、最初に通された部屋へと足を運んでいた犬夜叉は、ただ不機嫌だった。
まるで、正体のわからない妖怪なのか、なんなのか、それすらもわからないものの退治話。
聞いていても、『巫女』をどうしたいとも言わぬ長老の話。
消えた信太郎。
「なんなんでぇ・・・」
そう呟くほか何もできなかった。
部屋の前まで来ると、障子戸の正面の庭からざわめきのようなものを感じ、足を止めた。
「なんだ?」
目を凝らし、庭の向こう、屋敷を隔てた塀の向こうにうっすらと光を放つ物体。
「・・・死魂虫・・・。桔梗か?」
犬夜叉は一瞬行くかどうするか戸惑った。が、今はかごめの傍に弥勒や珊瑚もいる。
怪しい妖気も感じないと踏み、塀を飛び越えるように跳躍し、
死魂虫を追いかけていった。
(すぐに戻るから、・・・かごめ・・・)
「私は何をすればいいのですか」
かごめは長老に尋ねた。
「巫女様には祈祷をしていただきたい。」
「祈祷?・・・って、あたし、知らないし・・・。」
だが、長老は、尚も続けた。
「社で準備をしておる。もうすぐ支度も終わろう。これから、巫女様には社にて祈祷を執り行ってもらいたい。」
長老は、かごめになんの相談もなしに既に準備をしていた。
村の雰囲気が尋常じゃないのも、きっと村中で「天女退治」の準備を行うという緊張感からだろう。
何か、独特の張り詰めた空気。緊張感。しかも天女となれば・・・。
いや、誰もその本性はわかっていない。
聞けば、その性別さえ知れない、というのだ。
「準備を始めていることをどうして我々に伝えなかったのです?」
その言葉の裏で弥勒の表情がどことなく硬くなった。
退治屋を呼んでおきながら、なんの相談もなく用意を始めている。
長老の態度は、主導権は此方にあるといわんばかり。
執拗に求める巫女、「かごめ」。
だが、敵を目の前にここを出るわけにもいかないのもまた事実。
「部屋に戻りましょう。」
と、長老を残し、かごめと珊瑚を連れ、犬夜叉が戻ったはずの部屋へと向かった。
部屋に入ると、明かりはあるものの犬夜叉の姿はどこにもなかった。
かごめは「犬夜叉?どこ?」と部屋の外、廊下を出、庭先のほうにまで声をかけたが、返事はなかった。
珊瑚は、廊下からかごめに声をかけた。
「犬夜叉のことだ。どうせ、さっきの長老の話に頭きて、どっかで覚ましにいってろんだろう。」
と戻るよう、促した。
部屋では弥勒が懐の破魔の札を取り出していた。
「やはり、なんの妖気もないですね。」
部屋に戻ったかごめと珊瑚は弥勒と顔を突き合わせた。
「このままじゃ、かごめちゃん一人社に連れてかれちゃうよ。」
「・・・祈祷なんてできないし、本当に私に何させたいのかしら?」
巫女装束を纏ったかごめは、どこから見ても巫女そのものだった。
が、長老はそれを確かめることもなく、既に準備まで始めているという。
「・・・何か手立てはありますかねぇ」
と、珍しく弥勒も眉間に皺を寄せ、考え込んだ。
やがて、廊下の向こうから、仲居が声をかけてきた。
「失礼します。・・・巫女様、湯を用意しましたので身の清めをとのことです。」
「あ、お風呂・・・、ね。どうしよう、弥勒様?」
「珊瑚、お前が傍についてておやりなさい。私でもよいのですが、さすがにそれはまずいでしょう。」
「ああ、そうだね。」
さすがにこの状況では弥勒の得意の助平な冗談も口にできない。
かごめと珊瑚は仲居に案内されるまま、湯殿へと向かった。
弥勒は、珊瑚達を見送ると、庭の端のところに何やら人影があるのに気がついた。
岩陰の向こうに身を潜むように老人はいた。
老人は仲居が去るのを確認すると、ゆっくりと弥勒の方にやってきた。
「あんた、あの巫女様の連れだろう?」
「・・・あなたは?」
「信太郎の爺じゃ。」
「信太郎様の?」
「巫女様のことで話しがある・・・。」
そういうと、弥勒を連れ、こっそりと屋敷の外へと出て行った。