白花天女 其の四
屋敷から、どれくらい走ったのか。
空を飛び交う死魂虫を追って、村はずれの森のほうまでやってきていた。
「桔梗!」
犬夜叉は鬱蒼とした森の暗い奥に向かって叫ぶと、木々の向こうから「来たか」と桔梗が姿を現した。
「桔梗、どうした?俺を呼んだのか?」
「・・・来い、犬夜叉。」
そのまま、犬夜叉は呼ばれるまま、暗い森の森へと分け入っていった。
その頃、かごめは湯殿で白い襦袢で湯浴みをしていた。
傍で仲居がかごめの湯浴みの手伝いをしている。
「現代のお風呂と違うのよね・・・」
かごめの言葉に何も応えてくれない仲居達。
仲居は黙って、桶に湯を張るだけでかごめの言葉に何一つ応えることもなく淡々と作業をこなし続けた。
(なんか、やな感じ・・・。)
桶で湯をかぶるかごめは、戸の外にいる珊瑚が気になっていた。
「珊瑚ちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。誰も来ないよ。かごめちゃんこそ大丈夫かい?」
「うん。もうそろそろ出るから。」
ザバ・・・。
ザバ・・・。
何度かの水音が戸の中から響いてくる。
珊瑚は気を緩ますことなく、周りを見張った。
母屋から、少し離れた湯殿。
辺りは、部屋の明かりをのぞくと真っ暗だった。
(そろそろ上がる頃だよね・・・)
と珊瑚が湯殿に目をやった瞬間。
ドカ!
(・・・な、何?・・・頭が・・・)
湯殿の戸口で珊瑚は二、三人の男に抱えられ、闇に消えていった。
(かごめちゃん・・・!)
遠のく意識の中で、珊瑚は湯殿を幾人かの男たちが取り囲んでいたのが見えた。
(な、・・・かご・・め・・・ちゃ・・・)
やがて、珊瑚は意識を失った。
屋敷の外に出た弥勒と信太郎の祖父と名乗る男は、村はずれ最初に訪れた小屋にいた。
見つからないようにするためか、月明かりだけがたよりの粗末な小屋の中。
二人は、それでもなお警戒するように身をかがみながら、ひっそりと話していた。
「巫女様の身が危ない。一刻も早く巫女様を連れて、ここをでろ」
祖父の口から、最初に出た言葉だった。
いったいどういうことか、きちんと説明してもらおうと弥勒は祖父に問いただした。
「巫女様に祈祷とは嘘じゃ」
「一体、何をさせる気です?」
「・・・生贄じゃよ。巫女を喰らうんじゃ、あやつは。」
弥勒もこの話にはさすがに驚いた。
「なぜ、巫女なんです?あやつは妖怪ですか?」
「妖怪かなんかは知らねぇが、あいつはどこか、遠い国から来たばけもんじゃ」
そう。
長老も同じことを言ってはいた。
見たこともない衣装を身に纏っている・・・と。
祖父は続けた。
「あやつの力には巫女が必要なんじゃ。」
「巫女を食べると力になるということですか?」
「・・・いや、正確には・・・。」
祖父は、言葉を濁した。
弥勒は続けた。
「信太郎様は、どこに行かれたのです?」
「信太郎・・・。あやつが、・・・あやつがあの化け物を呼び寄せたのじゃ!」
信太郎が化け物を呼び寄せた?
「どういうことです?呼び寄せたとは一体・・・。」
「・・・あやつは大ばか者じゃ。命が惜しいばかりに防人の役を投げ出した・・・」
「防人・・・。」
「逃亡はご法度じゃ。もちろん、長老も村の連中もだまっちゃいねぇ!だが、あいつが来たせいで・・・」
「それがあの天女・・・。」
「そうじゃ、彼に纏わりつくあいつが信太郎を化け物に変えた・・・」
祖父は顔を手で覆い、泣き出すように声を上げた。
「あいつは化け物の言いなりになった・・・!」
弥勒は背筋に冷たいなにかがゆっくりと流れるのを感じた。
妖怪ではない「化け物」。
防人を投げ出した信太郎。
弥勒ははっとした。
「・・・除福・・・伝説・・・。」
かつて、遠い異国から逃れ、この地にたどりついたという仙人の伝説を、
各地を方々としていた頃に耳にしたことがある。
だが、それは、この地よりさらに西の奥と聞く。
もちろん、本当に彼かどうかはわからないものの、
他の国より渡ってきた仙人には違いないだろう。
そして、防人だった信太郎と出会う・・・。
「仙人・・・だったのか・・・。」
体から吐き出すように「はぁっ」と息をついた。
これが事実なら、信太郎が防人を着ている頃に仙人に出会ってしまったのも肯ける。
「それで、お爺様、信太郎が化け物とは?」
「あやつもわずかだが力を使える。だが、今はそれも尽きかけとる。・・・だから、巫女を探したのじゃ」
「どうして巫女なのです?なぜ?」
「巫女と交わり、その破瓜の血を以って力を得るらしい。だが、巫女なぞそうそうおるもんではない。
・・・だから、かわりに、村中の若い女子が襲われた・・・」
「!なんてことを!」
弥勒は泣き出した信太郎の祖父をそのままに小屋を飛び出した。
(これは大変なことになった!犬夜叉、どこに行った!)
弥勒は、必死に村へと走っていった。
「犬夜叉・・・。」
「・・・桔梗?」
それはどういうことか、見当もつかなかった。
森の奥へと誘った桔梗は何を思ったのか、
突然、犬夜叉の目の前で白衣の襟元をゆっくりと広げ始めたのだ。
赤い唇の下に細い首。そして、かつて恋焦がれた女の妖艶な姿。
胸元を露にした桔梗に犬夜叉は言葉を失ったまま、立ちすくんでいた。
露にしていく襟からは、かつて奈落によってつけられた肩から胸にかけての惨たらしい亀裂。
そう、それは亀裂だった。
薄い陶磁器に皹が入ったような、少し砕けた肩。
その傷の中は、もちろん人間のそれではない。
―――血もなければ、肉でもない。湿った墓土。そして、骨。
「私を抱けるか?」
桔梗はもう一度犬夜叉に向かい、そう言い放った。
「桔梗・・・」
硬直したかの如く、だが、目さえ逸らせない桔梗の据えた目。
「な、何言ってやが・・・」
言葉がいい終えないうちに、桔梗は犬夜叉の左手を取ると、
自分の露にした胸元にと引き寄せた。
思いのほか、やわらかい桔梗の胸。
その下、白衣に見え隠れする乳房はもっと柔らかいだろうと想像を掻き立てさせる。
が、しかし、柔らかさとは裏腹に冷たい肌。
犬夜叉の指先には、皹割れた肩。
引き寄せられた手が動くこともなく、ただ添えてある。
やがて割れ目から立ち込める、湿った墓土の匂いが犬夜叉を冷静にさせた。
「何、考えてやがる!」
思わず、手を引っ込めると犬夜叉は桔梗に声を荒げた。
それでも据えた桔梗の目線は犬夜叉から逸らすこともなく、
何事もなかったかのように襟元を正した。
「・・・私にはないものを、かごめは持っている。」
「何だよ?それは・・・」
「あの村にかごめがいることを教えたのは私だ。」
「何だって!」
「かごめは私にはないものを持っている。」
「だから、何なんだよ!それは!」
「犬夜叉、お前ならわかるはず・・・」
赤い唇の端が少し上がったような気がした。
が、犬夜叉は、桔梗の言うこと為すことがいまいち理解できない。
「万が一には役に立つであろう?これをお前に。」
と、小さな包みを手渡した。
犬夜叉はその包みを受け取ったとき、すうっとある記憶が蘇ってきた。
信太郎から、感じ取った匂い。
そして、あの時、桔梗に会いにいったとき、足元に広がっていた薬草。
そうだ!そうだったんだ!この匂いが・・・。
「どうして、これを俺に?」
桔梗はふっと笑みを溢すと、やがて「煎じて飲むがよい。痛みに効く。」
そう言い放ち、ぽつりと一言言い残した後、呼び寄せた死魂虫を従い、そのまま姿を消していった。
犬夜叉は消えていく桔梗を見送ることもなく、手元の包みを見つめた。
(一体、なんなんでぇ・・・)
『信太郎も同じようだった・・・』
桔梗が最後につぶやいた言葉。
犬夜叉には何のことを指すのか。
だが、今はそれを考えている暇はない。
一刻も早くかごめの元へと足を向けた。
幾度か跳躍しているうち、闇夜に紛れて動くものがいた。
かすかに血の匂いが混じっている。
(あの血の匂いは、・・・珊瑚か!)
犬夜叉は血の匂うほうへと向かうと、そこには珊瑚を抱え、
走っている数人の男たちが目に留まった。
「待ちやがれ!珊瑚をどうするつもりだ!」
と鉄砕牙を抜き、男たちの正面へと刃を向けた。
村人らしき男達は犬夜叉の姿に恐れおののいたのか、
珊瑚の体をそのままに一目散に逃げていった。
「けっ!たあいねぇ!」
と、振り下ろすこともなかった鉄砕牙を腰に戻すと足元に転がされた珊瑚を抱き上げた。
「おい!珊瑚!しっかりしろ!」
「・・・うう」
頭を押されつつも、意識を取り戻した珊瑚に犬夜叉は安堵した。
「ここは・・・・?」
「村はずれだ。誰に襲われた?」
そこへ、小屋から飛び出した弥勒が犬夜叉と珊瑚の姿を見つけ、
「犬夜叉―!」と大声で叫び、走り寄ってきた。
「どこに行っていたんだ!」
「ああ、ちょっと」
まさか、ここで桔梗に会っていたとは言いづらい。
だが、弥勒は犬夜叉の返事を待つこともなく「かごめ様が危ない!」
と息を切らし、犬夜叉の腕に支えられた珊瑚を見つけた。
「・・・珊瑚!やられたのか!大丈夫か?」
弥勒は、犬夜叉の手元からふんだくるように珊瑚の体を抱き寄せた。
「法師様・・・」
ようやく安心したかのように弥勒の胸に顔を埋める珊瑚。
「よかった・・・。無事だったのですね・・・」
「法師様、ごめん、油断した・・・、って!」
ゴキ!
弥勒の手が珊瑚の腰をさすり揚げた瞬間、珊瑚は弥勒の頭をしたたかに拳で殴った。
「そうだ!・・・犬夜叉。かごめ様の身に危険が!」
「どういうことだ!弥勒」
「やっぱり、かごめちゃん、最初から狙われていたんだね!」
弥勒は、黙って犬夜叉の顔を覗き込んだ。
「・・・なんでぇ?」
「・・・お前、かごめ様とどこまでいった?」
「・・・あ?」
ゴキッ! バコッ!
躊躇なく珊瑚の拳が再び下ろされた。
「なんの話をしてんのさ!」
耳まで赤くして弥勒を睨みつける珊瑚。
突然、何を言い出すかといわんばかりの犬夜叉。
「な、なんで、そんな話、今しなきゃなんねんだ!」
「・・・っててて、二人して同時に殴ることはないでしょう。だが、お前のことだ。何もないだろう。」
「/////・・・!」
犬夜叉の顔は赤らむばかり。
さすがの珊瑚もこの会話に「法師様!」ともう一度拳を上げようとしたとき、
「かごめ様は生贄にされる!」
「なに!どういうことだ?」
「おそらく、やつは仙人であろう。かごめを生贄にして自分の力を高めようとしている・・・」
「なんで、仙人が巫女を狙う?」
「・・・巫女と交わり、仙気を高めるとはひとつの方法であろう。房中術と思います。いずれにしてもあまり高等な仙人ではない。」
「それで今まで若い娘ばかり襲われていたのか?」
犬夜叉の眼つきが鋭く変わっていく。
(交わる、だと!冗談じゃねぇ!)
手元の鉄砕牙が再び腰から抜かれ、すうっと息を吐くと「あいつの仕業・・・か?」と弥勒を睨み付けた。
「信太郎は防人の役を逃れ、恐らくそのとき、大陸から来た仙人に出会った・・・。」
弥勒の言葉に犬夜叉は背筋が凍りつくような冷たい感覚を覚えた。
―――仙人だと?かごめを使って、仙気を高めるだ?
「じゃ、信太郎も仙人か?」
「・・・恐らく。いわゆる地仙。天女とやらもその類と・・・。」
「仁古仙みてぇじゃねぇか!邪な気に取り付かれやがって!」
そう言い放つと、犬夜叉は大空を飛び上がるかのように跳躍し、屋敷の方へと飛び立った。
―――かごめがあぶねぇ!
弥勒と珊瑚もその後を追うように走り始めた。
「珊瑚ちゃん?」
かごめは湯浴みを終え、仲居に言われるまま、改めて用意された巫女装束を身に纏うと
戸口の外にいるはずの珊瑚に声をかけた。
しかし、戸口からの返事はない。
(なんか、様子が変・・・)
もしかしたら、珊瑚の身に何かあったのか。
(とにかく、ここから出て珊瑚ちゃんを探さなきゃ!)
だが、仲居は黙ってかごめの世話やら何やらと纏わりついている。
もしかして、見張られている?
迂闊に動くこともできない・・・。
そうこうしているうちに、かごめを迎えに来たと長老が松明を片手に戸口までやってきた。
「お迎えにあがりました。」
かごめは、身を構えた。
「・・・珊瑚ちゃんはどうしたの?」
「退治屋の方々は、先に社に行くと申され、仲居の者に案内させています。」
(弥勒様たちと一緒・・・なの?)
疑いが払拭できないものの、逃げ道もわからない状況にかごめはおずおずと長老の後に随い、社の方へと連れて行かれた。
(・・・きっと犬夜叉が助けてくれる!)
社の周りでは、大きな篝火が勢いよく燃え盛っていた。
村人らしき人は見当たらず、辺りはしん・・・と静まり返っている。
かごめは長老にもう一度説得を試みようと
「祈祷など知らないから、出来ない。」
と食い下がっては見たものの長老は、それに応えることもなく
ただ、中に入って祈るようにとだけ伝えると、
社の中に一人、かごめを置き去りに正面の扉を閉めた。
(祈祷なんて、ほんっとうに知らないんだってば!)
六畳ほどの小さな社の中は、唯一明かりがあるだけで、
何ひとつ神事に使う道具らしきものはなかった。
(何を祈るのよ!)
薄暗い部屋の中を見渡した。
ただ、真ん中に茣蓙が敷かれただけの小さな社。
「・・・犬夜叉?近くにいる?」
「珊瑚ちゃん?・・・弥勒様?」
誰一人として返してくる返事はない。
いよいよ怪しく感じたかごめはどこか逃げ道はないかと壁をコンコンとたたき始めた。
(やっぱりおかしい!)
入ってきた入り口は既に閂が下ろされている。
かごめは必死に出口になるようなところを探そうと部屋の中の壁という壁を見始めた。
やがて、背後の壁から、小さく声が聞こえてきた。
「・・・かごめ様!」
(え?・・・誰?)
声のする方に目を向けると壁の下の板が一枚パタンと落ちた。
「かごめ様、私です。信太郎です!」
「あ、信太郎さん!無事だったのね!」
かごめは開いた板の隙間から信太郎の顔らしきものがあるのがわかると急いで歩み寄った。
「退治屋の皆さんは向こうの湖の辺でお待ちです。」
「みんな一緒なのね?」
「かごめ様!ここは危険です!・・・抜けれますか?」
「やってみる!」
そういうとかごめは身を縮め、小さな壁の穴を抜け、外に出た。
出たところは、ちょうど社の裏側だった。
表側、社の正面では大きな篝火が炊いてあり、裏手は影になっていて
かごめ達の姿はちょうど死角で見えない。
かごめは助けてくれた信太郎に「ありがとう」と礼をいうと怪我を負った肩を見つめた。
何事もなかったような済ました顔の信太郎。
「・・・怪我の具合は大丈夫なの?」
「私は、・・・大丈夫です。それよりかごめ様、ここは危険です。早く皆さんの元へ!」
「うん。わかった。」
長老の様子に疑問を持っていたかごめは信太郎の言葉を鵜呑みにし、
信太郎に「さ、こちらへ」と差し出された手を素直に受け取った。
「少し走ると、すぐに着きますから・・・」
裏手は深い森。
月明かりさえ通さぬ深遠がただ続く森の中をかごめは
信太郎の手に引かれ、ただひたすら走っていった。
ようやく走り終えたのは、森を抜け、月夜に明るく照らされた少し開けた湖畔。
湖を縁取るは、小さな白い花。花。花。
そして、その小さな花から、咽あがるように立ち込める香り。
いい匂いともなんともいえない花から零れてくる匂いに眩暈を覚えながらも、
その景観は、何事もなくと訪れたなら、美しさにきっと魅了されたであろう、月が浮かぶ水面。
「ここまでくればもうすぐです。」
そういうと信太郎は手を引いていたかごめの方に振り返った。
かごめはやっと止まってくれたといわんばかりに胸を押さえ、はぁはぁと息を切らしている。
「・・・この・・・(はぁ、はぁ)辺りに・・・(はぁ、はぁ)みん・・ながいるのね?」
そういって顔を上げた瞬間、かごめは、はっとした。
信太郎の顔・・・。
月明かりの逆光で少し薄暗い輪郭だったが、それよりも・・・。
信太郎は、かごめを見下ろし、不気味な笑みを溢していた。
「信太郎・・・さん?」
ふとかごめは思った。
怪我を負ったはずの肩は何もなかったのようにかごめの手を掴んでいる。
これだけ走ったのにも関わらず、息ひとつ乱していない。
何かおかしい。
「信太郎さん?みんなはどこ?」
かごめはそういうと手を離そうと試みた。
が、その手はどれだけ力を入れても振り解けるどころか、
なおも力をいれてくる。
「離して!」
「フッフッフ・・・、ようやく手に入れたぞ・・・」
信太郎のどこから、そんな声が出てくるのか。
地の底から這い出るような、奇妙な低い声。
(しまった!)
「この!」
かごめは離さない手を思い切って噛み付いた。
「ぐあっ!・・・くそ!このアマ!」
信太郎は、いきなり噛み付いてきたかごめに開いているもう片方の手で殴りつけた。
「きゃっ!」
思わず手を離され、体を地面に叩きつけられた。
信太郎は倒れこんだかごめに手を伸ばしてきた。
「おとなしくしろ!」
(やだ・・・、い、犬夜叉・・・!助けて!)
幾度かの跳躍のうち、ようやく社にたどり着いた犬夜叉は蛻の殻となった部屋に唖然としていた。
(かごめ!どこにいる!)
部屋に残るかすかな匂いを辿ると、壁から一枚の剥がれ落ちた板を見つけた。
(ここから、抜け出したのか?)
犬夜叉は社の裏に回ると、そこにかすかに信太郎の匂いをも感じ取った。
その先を見ると、森の中へと続いている。
(信太郎も一緒か!)
犬夜叉は匂いを辿り、森の中へと入っていった。
「おとなしくしろ!」
信太郎は足元に倒れこんだかごめに手を伸ばしてきた。
(犬夜叉!)
そう思ったとき、手元にある草と土をぐっと握り締めると
信太郎の目を目掛けて「この!」と投げつけた。
「あ!」
目に土が入ったのか、顔を手で覆い、「あああああ!」と叫び声をあげた。
その簸るんだ隙を見計らい、かごめは立ち上がるとその場から、走り出した。
だが、慣れない着物。
巫女装束の赤い袴が足を取るように纏わりつき、思うように走れない。
(このままじゃ、捕まっちゃう!)
とにかく必死で走り続けた。
信太郎は顔を歪ませながら、いつの間にかかごめの後を追いかけてきた。
「待て!」
「誰が待つのよ!」
だが、男の足に勝つわけがないといわんばかり。
あっという間にすぐ後ろまで信太郎は追いついてきた。
「あ!」
思わず、足元の花と袴の裾に足を取られ、その場に倒れこんでしまった。
信太郎は倒れこんだかごめに跨った。
「もう逃がしやしねぇ・・・」
「ぐっ・・・」
信太郎はかごめの首を片手でぐっと締め上げると、もう片方の手で襟を裂くように掴み上げた。
「きゃ・・・!」
首を絞められたせいか、思うように声が出ない。
襟元に捕まれた指がかごめの白い肌に爪を立てた。
(痛い!・・・いや、助けて!犬夜叉!)
信太郎は押さえつけたかごめの襟元に口を大きく開き、食いつこうかと屈みこんだ瞬間・・・。
「かごめー!」
と、まるで天から落ちてくるように信太郎の真上に飛び出してきた。
ドンッ
「犬夜叉!」
犬夜叉は鉄砕牙を振り、信太郎の体を空に放るように叩きつけた。
「ぎゃー・・・」
その体はあっという間に湖へドボンッと沈みこんだ。
「大丈夫か!かごめ!」
「犬夜叉!」
犬夜叉はかごめを抱き起こした。
今しがたまで絞められた首に手を添え、ゲホッゲホッと数回咳き込むと
もう一度「犬夜叉!」と犬夜叉の首に両腕をまわし、ぎゅっと抱きついた。
「かごめ・・・、すまなかった・・・。遅くなっちまって・・・」
「よかった・・・。助けに来てくれたのね・・・。」
固く抱きしめあう二人。
そこへ、ようやく弥勒と珊瑚が到着した。
「かごめちゃん!」
「珊瑚ちゃん!」
かごめは犬夜叉から、離れると珊瑚に飛びついた。
湯殿から姿を消して以来、気に掛かっていた珊瑚が気掛かりでならなかったのだ。
「よかった、珊瑚ちゃん、無事で・・・」
「かごめちゃんこそ・・・」
「だが、まだ安心はできませんよ!」
弥勒と犬夜叉は湖に向かって構えた。
信太郎が沈んだ辺りの水面の底から、うっすらと光輝いて見えてきた。
「何?」
かごめは、その異様な光景に目を見張った。
「下がってろ!かごめ!」
犬夜叉はかごめの体を自分の背にと避けると鉄砕牙を構えた。
「こいつが元凶ですね。」
弥勒も錫杖を構えた。
やがて、水面から光が飛び出したかと思うと
竜巻のような水柱が空を突きぬくように湖中の水を巻き込みながら、立ち上がった。
その先端には、光り輝く人らしきものが立っている。
「わらわの邪魔立てするのは主たちか!」
光の中から響いてくる妙な声。
「おめぇがこの村に巣食っていた奴か!」
犬夜叉は、目の前に聳える水柱に向かい、鉄砕牙を振付けた。
「犬夜叉ー!」
かごめにも珊瑚にも妖気らしきものはまったく感じない。
「こいつ、本当に妖怪なの?法師様」
「いや、こいつは多分仙人です。しかもたちの悪い・・・地仙。信太郎も恐らく操られていたのでしょう。」
そういい終わると弥勒は右手の封印を解き、
「風穴!」と湖の水を吸い込み始めた。
崩れていく水柱から、光り輝いた人間が落ちてくる。
「この下賎な輩がわらわに楯突く気か!」
「ふざけるな!」
犬夜叉が落ちで来る光目掛けて風の傷を放った。
ブオォォォォッ!
が、一瞬光が散ったと思いきや、再び形を成し始めた。
「これでは切ってもキリがない!」
「ちっ」
弥勒は再び風穴を開こうと右手を構えた。
かごめは犬夜叉の背後から飛び出し、珊瑚に駆け寄ると、
「私の弓矢はある?」
「あ、ああ、一応持ってきたよ!」
とかごめに手渡した。
「犬夜叉、もう一度風の傷を撃って!」
「え?」
かごめは弓矢を構えていた。
かつて、仁古仙を弓で討ったことがある。
致命的にこそならなかったものの手負いはつけた。
「犬夜叉!撃って!」
「・・・おう!」
弓矢が放たれた。
その後を追うように風の傷が光目掛けて撃つ。
パァァァァ・・・ン
光は飛び散って、夜空にちらちらと湖に降り注ぐかのように落ちていく。
「やった、のか?」
弥勒は、構えた右手を静かに下ろした。
「ああ、終わった・・・。」
犬夜叉もまた、鉄砕牙を鞘に戻す。
かごめは黙ったまま・・・。
「終わったんだ・・・」
珊瑚は小さく呟いた。
犬夜叉達は落ちて消え行く様を暫く眺めていた。