無言         2006.9.23

 

 

 

 

 

 

「かごめぇ〜!帰ってきたのか〜!」

 

「七宝ちゃん!ただいま!お迎えに来てくれたの?」

 

骨食いの井戸から顔を出したかごめの瞳に真っ先に映ったのは

子狐妖怪の七宝だった。

 

「かごめがおらん村は寂しかった〜」

とかごめの胸に飛び込む。

かごめはころころと喜ぶ七宝に「犬夜叉は?」

と訪ねると、大人びたしぐさで

「あいつは・・・」と両手を広げ、やれやれと溜息をつく。

 

(・・・そっか。桔梗のところか。)

 

「今日は、七宝ちゃんの好きなお土産持ってきたわよ!」

 

「うわ!何じゃ?早く早く!」

 

かごめは背にしょったリュックを下ろすと中から、小さな袋を取り出した。

 

「見慣れん袋じゃなぁ???」

 

小さな手で袋菓子をかさかさと振る。

かごめは「こうして開けるのよ」と袋の上を開け、中からビー玉のようなキャンディを取り出し、

七宝の口にぽんと放り込んだ。

 

「あ!これはうまい!かごめ、すごいお土産じゃなぁ!気に入ったぞ、おら。」

 

井戸の傍を飛び跳ね、無邪気に喜びまわる七宝。

かごめは、にっこり微笑んだ。

 

「気に入ってもらえてよかった。」

 

かごめは、井戸の淵に腰を下ろした。

 

(犬夜叉・・・)

 

つい、さっきまで喜びまわる七宝を見て、微笑んでいたはずのかごめの笑顔が少し曇った。

 

―――――今日、この時間には帰るって言ってたのに・・・。

 

かごめは小さく溜息を一つつくと、七宝と楓の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かごめ?」

 

七宝がかごめの顔を覗き込んだ。

 

「なあに?七宝ちゃん。」

 

「あのな、昨日もらったお土産おいしかったぞ!」

 

「よかった。喜んでもらえて。また持ってくるからね。」

 

かごめの肩ではじけるように喜ぶ七宝を見て、かごめもまた微笑んだ。

 

「なぁ、かごめ?お礼といってはなんじゃが、かごめに見せたいものがあるんじゃ。」

 

「見せたいもの?」

 

「おらが連れてってやる。」

 

そういうと、七宝はかごめを外へと連れ出すと、ポン!と桃色の巨大なまん丸に変化した。

 

「さあ、乗れ、かごめ。」

 

「え?遠いの?」

 

「ちょっとな。大丈夫じゃ!おらが守ってやる。」

 

弥勒と珊瑚は、村の若い衆と何やら手伝いに借り出され、留守にしている。

楓は小屋の脇の畑で薬草つくり。

 

(大丈夫かな?)

 

かごめは、とり急ぐ用事もないだろう、と「よいしょ」と七宝に乗り込んだ。

 

犬夜叉のいない楓の村に一人いても・・・。

 

そんな思いもふと過ぎったが、せっかくの七宝の申し出。

 

「じゃ、よろしく。七宝ちゃん。」

「まかしとけ!」

 

そういうと、ふわふわと桃色の巨大なまんまるは、

楓の村を後に、空を漂い始めた。

 

 

 

 

 

広い草原にたどり着いたのは、暫く、空の散歩を楽しんだ後だった。

 

「随分遠くまで来たわね。疲れなかった?」

「平気じゃ!かごめ、こっちじゃ。」

 

そういって、無邪気な笑顔を返すと、

目的の地へ案内しようと四足で駆け出した。

 

「あん、待ってよ!七宝ちゃん!」

かごめは七宝の後を追いかけた。

 

原っぱの先。

森の入り口か、木々が生い茂った中をちょっと覗き込むと

その先に小さな沼地が見えてきた。

その周りを取り囲むように、小さな色とりどりの花は咲き零れている。

 

木々の向こうから、軽やかな鳥のさえずり。

沼の向こう側では、水を飲みに来たのか、鹿の親子が寄り添うように水面に顔をつけている。

 

かごめは目を見開いた。

 

「すごーい!・・・きれい!」

 

かごめは思わず、口元に手をあて、黒い瞳を大きく開き、

まるで、御伽噺に出てきそうな幻想的なその風景にしばし、言葉を失った。

 

七宝は、かごめの肩に飛び上がると、誇らしげににっこり微笑む。

 

「かごめに見せてやりたかったんじゃ!」

 

「・・・ありがとう。七宝ちゃん。」

 

かごめは、もう少し眺めていたいと、そこに腰を下ろした。

 

「・・・かごめ?」

「ん?」

「元気出たか?」

 

思いもよらぬ七宝の言葉に驚いた。

七宝は、上目使いにかごめの顔を覗き込んでいる。

 

桔梗のところに行ったまま、帰ってこない犬夜叉。

せっかくかごめが帰ってきたのに・・・。

かごめの寂しそうな顔をおらは見逃さなかったぞ!

 

七宝のちいさな体をひょいと持ち上げ、かごめは膝の上に乗せ、両手で抱き絞めた。

 

「すんごく、うれしいよ。七宝ちゃん。」

「そうか!よかった!」

 

そういって、かごめの膝から飛び出し、きょろきょろと花を見繕い、

手に一杯の花束を作り始めた。

 

「かごめ。お土産のお礼じゃ。」

と、花束を手渡し、無邪気な顔で沼の周りに飛び交う蝶と戯れ始めた。

 

――――ありがとう。七宝ちゃん。慰めてくれるのね・・・。

 

かごめを思いやってくれる七宝の無邪気な笑顔が

犬夜叉のいない寂しさを癒してくれる。

ちいさな子狐妖怪の優しい心にかごめは心を打たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちいい・・・」

 

かごめは膝の上に花束を置き、丈の短いスカートから伸びた細い足を伸ばした。

 

空の上では、鳶がピー・・・と鳴きながら、飛び去っていく。

 

――――いつ、帰ってくるのかな?犬夜叉・・・。

 

――――子供の七宝ちゃんでさえ、あんなに気遣ってくれるのに、あいつときたら・・・、ばか!

 

かごめは、蝶と戯れ遊ぶ七宝を見守りつつ、ふう・・・と空を見上げた。

 

 

 

 

 

暫く、その場所で寛いでいたかごめだったが、何やら妙な気配を感じ、ん?と感覚をとぎらした。

「これは、・・・四魂のかけら?・・・ふたつある。・・・鋼牙君?」

そう思った瞬間、凄まじい旋風が林の向こうから、駆け抜け近寄ってきた。

 

「よう!かごめ!」

「鋼牙君!どうして、ここに?」

 

かごめは、立ち上がるとうれしそうに両手を広げ、駆け寄ってきた鋼牙を見つめた。

 

「ここいら辺を通りかかったら、かごめの匂いに気がついたんだ。」

 

と、かごめを抱きしめようとした瞬間、「こりゃ!」と間に七宝が飛び込み、

鋼牙の(一方的な)抱擁を憚った。

 

「あんだよ、この子狸は?」

「狐じゃ!」

 

鋼牙は、ひょいと摘み上げ、自分の鼻先で「へっ」と息を吹きかけた。

かごめは慌てて、「七宝ちゃん!」七宝を自分のほうへと引き寄せた。

 

「犬っころの匂いがしねぇな。一緒じゃねぇのか?」

「・・・」

 

かごめは七宝を両手で抱え、俯いた。

七宝は、俯くかごめの顔に目をやり、心に固い決心をするかのように

(おらがしっかりせねば!)

と心の中で自分に言い聞かすように反芻する。

 

・・・だが、体は少し、ぷるぷると震えていた。

 

七宝の小さな体のふるえがかごめの腕に伝わってくる。

かごめは、どうしようか、このままじゃかわいそう・・・と思い、

「先に帰っていていいよ」

とにっこり、微笑みながら鋼牙を目の前に怯える七宝に告げた。

 

「お、おら・・・、犬夜叉呼んでくる!」

「うん。お願いね。」

 

そういうと、再び桃色の巨大なまんまるに変化するとふわふわと空に浮かび、飛び去っていった。

 

(でも、多分いないんだろうな・・・)

 

かごめは視界から消えていく七宝を見送りながら、

胸の奥でチクリと疼く痛みを抑えるように胸に両手をそっと握り締めた。

 

 

 

 

 

「どっか、ふらついてんのか?あの犬っころは。」

その様子を黙ってみていた鋼牙は、空を見上げたかごめの瞳が

どこかうつろげなのを見透かすように「かごめ・・・」と肩に手を掛けてきた。

 

「さぁ、どこいってるのかしらね」

 

ふと口の端をわずかにあげると鋼牙へと顔を向けた。

鋼牙はもう一歩かごめの方に歩み寄った。

 

「かごめ。」

かごめの手の平をぎゅっと握り締め、熱い眼差しで射抜くように見つめる鋼牙。

「なあに?」

だが、かごめも動じることもなく、終始にこやかにいちもの笑顔で鋼牙に応える。

 

「今日こそ、俺の嫁さんになってくれ。」

「・・・は?」

 

 

 

さすがのかごめもその言葉には何も言い返すこともできず、目が点になったまま、

次の言葉を失ってしまった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犬夜叉は戻っとるかー!」

慌しく戻ってきた七宝は、楓の家のほうに駆け込んできた。

「・・・あんだよ。っせーなぁ・・・。」

炉辺で一人、緋の衣が肩肘をつき、横たわっていた。

 

「犬夜叉!戻っとたのか。」

小さな肩を上下に、その手には拳を握り締め、険しい表情で犬夜叉を睨み付けた。

「このどあほー!」

ぴょんと飛び跳ねると、いきなり犬夜叉の頭目掛けて殴りつけた。

「何しやがんでぃ!」

「こ、鋼牙が、鋼牙がかごめに・・・」

「痩せ狼がかごめに?」

 

そういや、七宝の体から、気にいらねぇ匂いが鼻につく。

 

犬夜叉は、「どこにいる?」と飛び上がると七宝をそのままに大きく跳躍し、

かごめを置いてきた原っぱの方に目掛けて飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと・・・。」

かごめもどう鋼牙に伝えたら、よいものか思慮をめぐらせて見たもの、

握り締められた手は離すどころか、ますます熱く握られている。

 

「鋼牙君?」

「いいのか?」

「そうじゃなくてね。手をね、・・・離してくれるとうれしいんだけど。」

 

鋼牙は、言われるがまま、ぱっと離した。

 

「こうすればいいってことか?」

「いいって?」

「嫁さん。」

 

(どういう単純思考よ。)

 

「それは、まだ、ほらずーっと先の話しだし、今は奈落との戦いがあるし・・・。」

「それなら、心配はいらねぇ。俺が必ずぶっ潰す。お前は安心して子供でも育ててくれればいい。」

 

(こ、子供?)

 

激しい脱力感がかごめの全身に襲ってきた。

そのかごめと相対的な鋼牙の笑顔。

 

妖狼族の若頭として、その名前を余すところなく轟かせた鋼牙。

 

その彼は、一人の、しかも人間の女に激しく入れ込んでいる。

 

「なぁ、かごめ。俺の子供を沢山産んでくれ。」

 

(それ、弥勒様・・・)

 

鋼牙の真剣な表情(かお)から、出た言葉に思わず噴出しかけたとき。

鋼牙が一言「きやがった」と眼光を光らせ、視線をちらりと森のほうへと向けた。

 

「誰の子供だ!この痩せ狼!」

 

飛び込んできたのは、凄まじい形相で駆けつけてきた犬夜叉だった。

 

「犬夜叉?」

 

かごめは、きょとんと犬夜叉を見つめた。

特になんの危機感も恐れもないこの空気の中、犬夜叉の形相にむしろこっちが驚いたほど。

 

「かごめ!大丈夫か?」

「って、言われても・・・」

 

犬夜叉はかごめの返事を待つこともなく、二人の間に割って入るや否や、かごめを背後に鉄砕牙に手を掛けた。

 

「なんだ、今っころ。邪魔なんだよ。犬っころ。」

 

鋼牙は、小指を耳にこりこりとほじりながら、余裕の表情を見せた。

 

「やかましい!ったく油断もすきもありゃしねぇ。」

 

なおもすごむ犬夜叉。

 

「せっかく恋人同士の将来の家族計画を語らっていたってのに!」

 

鋼牙はその瞬間、太陽を背に上空に飛び上がると犬夜叉目掛けて足蹴りしようと

片足を地面に叩きつけた。

 

寸でのところでかわした犬夜叉は「この野郎!」といよいよ鉄砕牙を引き抜こうとしたとき、

 

「おすわり。」

 

とかごめに制止され、結局地面に埋没する羽目となった。

「まったく、血の気の多いんだから・・・」とつぶやきながらも鋼牙へと駆け寄り、

「じゃ、お迎えが来たから、また今度ね。鋼牙君。」とさらりと口にすると

「ああ、じゃぁ、また会おうぜ!」

と鋼牙もこれまた素直に応え、再び旋風となって遠くへと走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふうと溜息ひとつつくかごめと、ようやく地面から這い出てきた犬夜叉の二人。

 

「なんでぇ、人がせっかく来てみりゃ、あんな痩せ狼とでれでれと・・・」

犬夜叉は立ち上げると両手を組み、すねたように顔を背け、ぼそっと漏らした。

 

 

 

かごめは旋風となって去っていく鋼牙を見送ると、久しぶりに会えた犬夜叉の後姿をじっと見つめた。

手を組んだ姿勢、その後姿はやけに勇ましく背中が広く感じる。

風になびく銀糸一本さえ、懐かしい。

 

そう、三日ぶりの戦国時代。

 

ようやく帰ってきてみれば、一番会いたかったはずの犬夜叉は留守。

心配して気遣ってくれた小さな子狐妖怪、七宝。

そして、情熱的にかごめに求愛してくる鋼牙。

 

 

 

「おい、かごめ。何ぼーとしてやがる。帰るぞ。」

「あ、うん。」

 

犬夜叉はいつもの如く、背中にかごめをおんぶしようと腰を屈ませ、かごめが乗るのを待った。

だが、いくら待てとかごめが乗っかってくる気配はない。

 

「かごめ?」

 

犬夜叉は不振そうにかごめに振り向き、様子を伺った。

 

「どうした?かごめ。」

 

「え?な、何?」

 

「ほら、帰るぞ。さっさと乗れ!」

ひょいとかごめの腕を引くと、その体はふわりと犬夜叉の背中へと上げられた。

 

「しっかり捕まってろよ。」

そう言い放ち、再び元来た道を跳躍し始めた。

 

 

 

時として、いわば他の女のところにいってしまう。

七宝ちゃんさえ、慰めるように気遣ってくれる。

鋼牙君は思い描く未来を熱く語ってくれる。

 

―――犬夜叉は何一つ愛情らしい言葉をくれることはない。

 

それでも、いつものように傍に駆け寄り、背中に乗せ、そして・・・。

 

 

「ねぇ、犬夜叉。」

「あ、なんだ?」

「また明日から、旅に出るんだよね。」

「ああ、一日も早く奈落を見つけ出してやる。」

「そうね。」

「大丈夫だ、かごめ。ちゃんと守ってやる。」

 

そう、どんなときでも、どんなに傷ついても決して挫けることなく、

かごめに寄り添い、守ってくれるこの背中。

 

「うん!」

 

 

 

かごめはもう一度犬夜叉の背中にしがみ付いた。

 

それは、犬夜叉に伝わったかどうかはわからないけれど・・・。

 

 

 

 

 

 

 

END