SUMMER BOYS  3       (2006.9.30)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路につく間、二人の間に会話は皆無だった。

 

犬夜叉は、黙ったままかごめを袖の中に抱え込み、

腕の中のかごめは、歩みを進む足元さえ覚束ない。

 

(なんで、なんにもいわないんだろう・・・)

 

神社での出来事が頭の中を駆け巡る。

 

(怒鳴られたほうがまだいいかも・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祭囃子も遠のき、辺りは街灯が照らすわずかな明かり。

 

後わずかで、日暮神社の鳥居が見えてきそうなところで、かごめは足元の石に躓いた。

 

「あ、痛・・・」

 

抱え込まれた腕に思わずしがみ付き、前にのめることはなかったが、

その動きに犬夜叉は足を止め「ったく世話が焼ける・・・」と

腕をはずすと、かごめの体を抱き上げ、

神社の前、御神木のほうへと跳躍した。

 

「ちょっと!誰かに見られたらどうするの!」

 

「誰もみちゃいねぇよ。」

 

そうこうしているうち、何度かの跳躍であっという間にかごめの家まで辿り着き、

鍵の掛かっていないとわかっている窓を開け、かごめの部屋へと入った。

 

「なんで自分の部屋に入るのに窓から・・・」

 

「いいから、足見せてみろ」

 

そういって、かごめをベッドに腰掛けさせ、足元に膝間つくと徐にかごめの踵に手を掛けた。

 

「や、何すんのよ!」

 

下駄を脱がせ、部屋の隅に放り投げると、犬夜叉はかごめの足の指をまじまじと見つめ、

「怪我はないな」とそのまま、顔を上げ、かごめのほうを見上げた。

 

部屋の明かり、電灯はつけていない暗い部屋だったが、犬夜叉には関係ない。

窓から差し込む月明かり。それだけあれば充分。

 

犬夜叉は、転んで怪我はないかと掴みあげた足をそのままに、

視線をゆっくりと上げた。

 

 

 

掴んだ踵から上は、浴衣の裾が膝まで捲りあがっている。

 

月のせいか、紺の浴衣から晒された脛はさらに白く、

そして、固く結んだ赤い帯はかごめの体の線を誇張していた。

 

 

 

足元から、辿り見上げた先にあるかごめの顔。

首を逸らしているせいか、合わせた襟から鎖骨がわずかに窺える。

 

そして、その表情は、固く瞳を閉じていた。

 

犬夜叉は体を起こし、かごめの体を挟むように両側に手をついた。

 

足を離され、ほっとしたもの束の間。

強張るように瞑っていた瞳を開けると、

すぐ目の前には、金の瞳があった。

 

「かごめ。」

 

「・・・え、何?」

 

間近にある金の瞳は、どことなく揺れるかのように潤んで見える。

 

「もうあいつに関わるな。」

 

「・・・え?」

 

「おめぇの体からぷんぷん匂いがするんだよ!胸糞悪い・・・。」

 

犬夜叉は、体を起こし、そのまま立ち上がると

「さっさと『風呂』に入って来い!」と怒鳴りつけ、かごめに背を向けた。

 

(・・・それで、さっきから黙ってたんだ)

 

 

 

 

 

 

 

かごめは、ベッドから腰を上げると背を向けた犬夜叉が目に留まった。

 

(あの姿・・・)

 

銀の髪が腰まで掛かっているが、靡く銀糸の向こうにある広い背中。

 

(そうだ、パパが着ていたんだ・・・。)

 

どことなく記憶の奥にうっすらと残る父親の影。

 

小さい頃、浴衣の袖から出ていた手に引かれてた・・・懐かしい思い出。

 

かごめは、犬夜叉の背に頬を寄せた。

 

「な、・・・どうした?かごめ。」

 

「この浴衣、パパ・・・、お父さんも着ていたんだなぁって思い出して・・・。」

 

「・・・親父がか?」

 

「うん。思い出しちゃったの。あんたの背中見てたら・・・。」

 

そういうと、寄せた頬にさらに力を込め、体をぐっと寄せてきた。

顔があたる部分にぬくもりがひしひしと伝わってくる。

 

「変だよね。いっつもおんぶしてもらってるのに・・・。」

 

「・・・」

 

しばらく、そのまま、二人は立ちすくんだ。

 

犬夜叉には父親の記憶はない。

母親さえ満足に顔も思い出せない。

 

だが、かごめは自分の背中に父親の影を思い、背に顔を寄せていた。

 

(親父・・・か)

 

が、背中越しに伝わってくるかごめが自分に重ねる父親を思っていることに

心なしか、腹の底から何かがふつふつと沸き起こるものを感じた。

 

「かごめ。」

 

「ん?」

 

かごめがふと背中から顔を離した瞬間、犬夜叉はかごめのほうに向き直し、

肩を掴んだ。

 

「言っとくが、俺はお前の親父でも何でもねぇ」

 

思わぬ言葉ではあったが、かごめも自分の非を認めるように「ごめん」と体を引こうとした。

が、捕まれた肩はそれを許さなかった。

 

 

だが、それも一瞬のこと。

 

掴んでいた手を離すと「早く行って来い」とだけ言って

再び、背を向けた。

 

「・・・じゃ、ちょっと入ってくるから。」

 

かごめは、そっと部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

取り急ぎ、風呂を済ませ、部屋に戻ると、そこにはもう犬夜叉の姿はなかった。

 

足元に脱ぎ捨てられた浴衣をハンガーに掛け、ふうっと溜息をつく。

 

「帰ったのかな・・・。」

 

と、開けっ放しとなっていた窓に手を掛け、恐らく向かったであろう、井戸のほうに目を向けた。

 

「そりゃ、気分悪いよね・・・。」

 

(せっかく家でおとなしく待っててくれたのに、あちこちに連れまわされて・・・。)

 

かごめは意を決したように新しい制服に袖を通し、部屋を飛び出すと、

骨食いの井戸へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

井戸を通り抜け、戦国時代にやってきたが、こちらでもやはり夜。

 

かごめはリュックから、懐中電灯を取り出し、

楓の村のほうへと一人歩き始めた。

 

 

 

バサバサバサ・・・。

 

キキィ・・・、キキィ・・・。

 

森の中。

夜行性の動物たちの声が夜の静寂を破るように声を立てる。

 

「やっぱり、夜の森って気持ち悪い・・・。」

 

懐中電灯の明かりを頼りに草を踏み分け、前へと突き進む。

 

足元の木の根に注意を払いつつ、目は犬夜叉を探した。

 

「犬夜叉、どこまで行ってるのかな?」

 

そういいながら、顔を前から逸らしたとき、思わず足元に横たわる木の幹に躓いた。

 

「あ!」

 

懐中電灯が手から離れ、かごめの体が倒れ掛かったとき。

 

その体は、地面から、すっと離れ、目の前で落としたはずの明かりがその場にとどまった。

 

「こんな夜に何出歩いてんだ!」

 

「犬夜叉!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

井戸の傍の大木の大きな根の上。

 

寄り添うかごめと犬夜叉を照らすように

月夜が幹に生い茂った葉の隙間から、わずかに差し込む。

 

 

 

かごめは、傍に犬夜叉がいるという安心感から、懐中電灯を消し、リュックへとしまいこんだ。

 

「真っ暗だぞ。」

 

「でも、隣にあんたがいるし、怖くないよ。」

 

かごめは、犬夜叉の肩に寄りかかった。

 

ほんのりと伝わってくるお互いのぬくもり。

ここが自分たちの居場所といわんばかりの安堵感。

 

 

肩から伝わる犬夜叉の腕は、やがてかごめの肩へ回され、ぐっと引き寄せられた。

 

「『風呂』・・・、入ってきたのか?」

「うん。急いで済ませたけど。」

「風邪引いたら、どうする。」

「でも、こうしてあっためてくれるじゃない。」

 

かごめは、体を預けるように犬夜叉の胸元に顔を沈め、そっと目を閉じた。

 

トクン、・・・トクン・・

 

(犬夜叉の鼓動が聞こえる・・・)

 

その音が自分の気持ちさえ、澄まさせるように

かごめは「ごめんね」と目を伏せたまま呟いた。

 

「何を謝ってんだ?」

 

「向こうで、せっかく迎えに来てくれたのになんか悪いことしたなぁって思って・・・。」

 

「あー、なんかよくわかんねぇけど・・・。」

 

「・・・けど?」

 

「・・・」

 

かごめは黙り込んだ犬夜叉の顔を見つめた。

 

「あいつだけはゆるさねぇ。」

 

「あいつって?」

 

「おめぇに抱きついた奴だよ!」

 

(石田さん、だっけ?)

 

かごめは、はっきりしないまでも朧気に顔を思い起こすと、ぷっと吹き出した。

 

「な、何がおかしい?」

 

いきなり、前かがみに笑い出したかごめに驚き、

抱いていた肩を離し、思わず立ち上がる。

 

「だって、あの人、きっとなんか勘違いしてるのよ。」

 

「勘違い?」

 

「友達にあることないこと、吹き込まれたのよ。勘違い。きっと。」

 

そういって、じっと犬夜叉を見上げ、にっこりと微笑んだ。

 

「・・・けど、俺は・・・。」

 

「まだ、心配?」

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

かごめを取り巻く自分の知らない国で、あいつはかごめを抱いていた。

 

手を握るどころか、抱きつきやがって!

 

俺に向かって、「弄んだ」だと?

 

一丁前に俺に楯突いて!

 

俺が人間なんかにやられるか!

 

だが、それよりも、他の誰かがお前を思っているのが嫌だ!

 

 

 

 

なんて・・・いえねぇし・・・

 

 

・・・まっすぐに自分を見つめるかごめは、決して自分から目を逸らすことはしない。

そんなことは、わかっている。

 

親父みたいといわれたのには少々堪えたが・・・。

だが、同じ男でも、「あいつら」はかごめを違う目で見ている。

 

そうだ、あいつら!

 

鋼牙は何かにつけ、かごめにちょっかい出してくる。

今は手を握って愛想を振りまいているだけだが、それだけでも頭にくる。

 

かごめの実家に行けば行ったで、なんだ?あいつは!

 

 

むらむらとこみ上げてくる怒り。

 

拳はわなわなと振るえる。

 

 

 

 

「犬夜叉?」

 

名を呼ばれたとき、自分の中で何かが弾けとんだ。

 

 

 

 

 

犬夜叉はかごめの前に屈みこむと、再び肩を掴んだ。

 

「おい!かごめ!よく聞け。」

 

「う、うん。」

 

「・・・・」

 

次の言葉が出てこない。

 

「・・・何?」

 

「・・・・・・・」

 

「犬夜叉?」

 

「・・・・・・」

 

「何なの?ねぇ。」

 

「・・・・・」

 

(まったく、何がいいたいんだか・・・)

 

 

かごめは、黙ったまま動かない犬夜叉の思いつめた空気を薙ぎ払うかのように、

ふっと笑顔で微笑んだ。

 

「あたしにはあんたしか見えてないよ。」

 

まるで、魔法が解けていくように張り詰めた緊張がほぐれていく犬夜叉は、

目の前で微笑むかごめの頬にそっと手を差し伸べた。

 

頬に触れる手を包むように、かごめの小さな手がその上に重ねられる。

 

「あんただけだから・・・。」

 

「かごめ・・・」

 

重ねた手に力を込め、自分よりも一回り大きな手を包み込む。

 

 

 

 

 

いつしか、犬夜叉は、そのままかごめの黒い瞳に吸い寄せられるかのように

顔を寄せていた。

 

その行為が何を示すのか。

 

暗黙の了解。

 

かごめもそっと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茂みから、差し込む月明かりに作り出された陰がやがて、ひとつに重なる。

 

お互いの気持ちをひとつに重ねるかのように・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま、二人は骨食いの井戸の傍にある木の傍で一夜を過ごした。

 

犬夜叉は、かごめの体を緋の衣で包み込み、一晩中温めてくれた。

 

 

 

 

やがて、日が昇ってくると、犬夜叉はもう一度、かごめの頬に唇を寄せる。

 

「ん?朝?」

 

「ああ、もう夜明けだ。」

 

「ずっとあっためていてくれたね。」

 

「風邪引くだろ・・・」

 

 

 

二人は凭れた木から立ち上がると、

楓の村に向かうべく、歩き始めた。

 

森を抜け、村が見えてくる。

 

 

「かごめ〜!」

 

「七宝ちゃん!」

 

かごめに走り寄り、かごめの肩に飛びついてきた。

 

その向こう側では珊瑚と弥勒が「お帰り〜」と手を振っている。

 

「お揃いのご帰宅で・・・。」

 

「なんだよ。」

 

「いや、別に深い意味はありません。」

 

弥勒は拳を口元にあて、コホンと咳き込む。

 

珊瑚はかごめに顔を寄せ、「仲直りしたんだ?」と犬夜叉に聞こえぬよう耳打ちした。

 

(そうか。出かけ間際、喧嘩してきたんだ。)

 

 

 

 

そう、すっかり忘れていた。

 

鋼牙との言い争い。

楓の家のまん前で。

 

井戸の脇でも喧嘩したっけ・・・。

 

 

でも、考えてみれば一番大変だったのは犬夜叉。

 

せっかく謝りにかごめの実家に来たのに、

友達のせいとはいえ、さんざ振り回された挙句、

突然言い寄ってきた男のこと。

 

 

犬夜叉は、言葉が上手じゃないことはよくわかっていたが・・・。

 

 

 

 

でも、夕べのこと。

これは、二人の初めての口付け。

 

珊瑚ちゃんにもいえない大事な秘密。

 

 

「犬夜叉ももう少し、大人にならんとかごめに見捨てられるぞ!」

七宝が犬夜叉に食って掛かる。

「だー!おめぇみてーなガキが生意気言ってんじゃねぇ!」

「これ、犬夜叉!大人気ない。」

 

 

 

「向こうでも、大変だったろ?」

「慣れてるから。」

 

珊瑚の言葉にかごめは、くすっと笑いながら返した。

 

「そう?」

肩に乗った雲母と一緒に首を傾げる。

 

「さぁ、喧嘩はそこまで!楓ばあちゃん、待ってるよ。」

 

「お、おう。」

 

身を翻し、楓の村へと足を向けたかごめに珊瑚たちも「行くよ」と声を掛け、

それにつられる様に弥勒と犬夜叉、そして、尻尾を捕まれた七宝がついていく。

 

 

爽やかな風が足元に靡いてくる。

夏を感じさせる朝の澄んだ空気。

 

その風は、かごめの心の中にもすぅっと吹き抜ける。

 

「なんか、いい朝ね。」

 

「そっかー?」

 

「気持ちいいじゃない?ね、犬夜叉。」

 

「まぁ、な。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、かごめちゃん、結構学校休むのよ。」

 

「病気がちなんだよねぇ」

 

「病気、かぁ・・・。」

 

恭平は、今日も学校の校門でかごめの帰りを待ち伏せる。

だが、なかなかタイミングが合わないのか、

かごめを捕まえることができない。

 

「また、来るよ。」

残念といわんばかりのから笑顔。

 

「でも、2、3日か一週間くらいしたら、また学校来ると思うから。」

不安げな恭平に万遍の笑顔のあゆみ。

 

「ありがとう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭平は、校門を後にした。

 

(かごめちゃん、かぁ・・・)

 

少し、歩いたところで足を止め、空を見上げる。

 

 

 

 

 

不思議な出会いをしたもんだ。

 

芯の強い、そして、やさしい勇気のある・・・女の子。

 

外人のような男に付きまとわれていたけど。

でも、自分ももっと鍛えて、きっとあいつを超えてやる!

 

 

身を挺して、彼の腕に掴みかかり、助けてくれたときの様子が脳裏に浮かぶ。

 

浴衣姿がきれいだった。

 

 

「本気になりそうだ・・・。」

 

恭平は、見上げた空にかごめの笑顔を思い描く。

 

「もっと強い男になってやる!」

 

そういうと、ぐっと拳を握り、気合を入れるかのようにガッツポーズをとる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハックシュ!

 

ヘックショ!

 

「なんじゃ?二人してクシャミして。」

 

犬夜叉とかごめが並んで歩く中、同時にくしゃみした。

不思議そうにかごめの顔を見つめ、覗き込む七宝。

 

「あは。なんだろうね。」

 

苦笑いのかごめ。

鼻を掻く犬夜叉。

 

「そりゃ、一晩あんなところで寝てたら誰でも風邪引くでしょう。」

 

澄ました顔でさらりという弥勒。

 

(なんで知ってるの!)

 

かごめと犬夜叉は、ぎょっとしながら弥勒を見つめた。

 

だが、弥勒は伏せた目をそのままに珊瑚の腰に手をあてる。

 

バチン!

 

「ちょっと!法師様!どこ触ってんのさ!」

 

「あ、いや、つい羨ましくて・・・。」

 

「羨ましい?何が?」

 

「いえいえ、こちらの話で・・・。ね?犬夜叉?」

 

「知るか!先行くぞ!かごめ!」

 

「え?う、うん。」

 

そういって、かごめの体をひらりと背に乗せるとひらりと飛び跳ね、楓の家へと跳躍した。

 

あっという間に二人は去っていく。

 

珊瑚は唖然としながら、

 

「・・・仲直りしたのはいいけど。」

 

「なんです?珊瑚。」

 

「なんか、あったの?法師様。」

 

「ま、いいじゃありませんか。あれで自然な二人なんですから・・・。」

 

「そりゃ、喧嘩してるよりはいいけど。」

 

「さ、我々も行きますか。」

 

「うん。」

 

 

 

 

先に楓の家へと飛び立った犬夜叉達の後を追うように

雲母に跨り、飛び立った。

 

 

 

 

 

 

もうすぐ夏が来る。

 

山を吹き抜けていく風と

 

日が高く上り始めた日差しが

 

山々に光りを刺し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

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