多分・・・ 2006.9.7
遠く、山の向こうで見える稲妻。
どうやら一雨きそうな雲行き。
山間の獣道を歩く二人。
「・・・かごめ、大丈夫か?」
時折振り返りつつ、かごめの身を案じる犬夜叉。
「・・・うん、だいじょう・・・ぶ。」
足元の岩がごろごろしていてうまく足が前に進まない。
かごめは身近にある木や枝につかまりながらも犬夜叉に遅れまいと必死に険しい道を歩く。
食いしばって上がってくるかごめに手を差し伸べるも
かごめは「大丈夫」といっては自分の力で上ろうと
犬夜叉に頼ることをしない。
・・・やべ、降ってきやがった。
雷鳴と雨が轟き始めた。
「きゃっ!」
かごめは耳を押さえながら、道の真ん中でしゃがみこんだ。
「大丈夫だ。ここいら辺じゃ、そうそう雷なんぞ落ちやしねぇ。」
ドーン・・・・、ガラガラガラ・・・・
頭の上に襲い掛かる光と音に尚も恐れをなすかごめ。
だが、それも一瞬のこと。
「・・・まだ歩けるわ・・・」
そういうと、再び立ち上がり、犬夜叉の背後を突き進む。
「・・・どこかで休んでいってもいいんだぞ」
「でも、珊瑚ちゃんたちが・・・」
「あいつらは大丈夫だ。弥勒や雲母もいる。七宝もあれでしっかりしている。」
「そう・・・だけど」
かごめは、俯きながら歩みを止めた。
(一番足手まといはあたしか・・・)
かごめの様子を汲み取るかのように犬夜叉はかごめの傍に駆け寄り、
「こんな雨じゃ俺だって歩きたくねぇ」
とかごめの手を強く握り締めると、有無を言わさぬぐらいの勢いで辺りを見まわし、
「こっちだ」と森の中を突き進んでいった。
・・・、ガラガラガラ・・・・
まだ、雷鳴が鳴る。
しばらく歩いた先に小さな祠を見つけ、二人はそこに身を潜めた。
沈黙だけが二人の間を繋ぐ。
犬夜叉は黙って空を見上げ、物思いにふける。
かごめは項垂れたまま、犬夜叉の足元で膝を抱えている。
「・・・ごめんね・・・」
ようやく口を開いたかごめの言葉に犬夜叉は、足元のかごめを見下ろした。
かごめの意外な言葉に犬夜叉は、「何いってんだ?」と再び顔を上げ、祠の外に視線を戻す。
「だって、珊瑚ちゃんたちとはぐれたのだって自分のせいだし、今だって・・・」
「けっ!らしくもねえこといってんな。だいたい七宝のせいだろ?」
「おめぇが悪いわけじゃねぇ」
そんな犬夜叉の言葉にも今のかごめには気休めにしかならないのか、一向に顔をあげようとしない。
落ち込むかごめの姿に、犬夜叉もかごめの隣にしゃがみこみ、そっと肩に手を回した。
「七宝が心配で森に入り込んだんだろう?」
「・・・うん。だって、なかなか戻ってこないから・・・」
「じゃ、それでいいじゃねえか。仲間を心配するやつの何が悪い?」
(そう、・・・仲間・・・よね・・・)
(犬夜叉は精一杯慰めてくれている・・・)
肩に添えられた犬夜叉の手がさらに強くかごめの肩を引き寄せた。
そんな思いやりの言葉と行動にようやくかごめは顔を上げ、
犬夜叉の頬にコツン・・・と頭を添え、「ありがとう」と小さく呟いた。
犬夜叉もそれに応えるかのようにかごめの頭をやさしく手で包み込む。
「・・・あいつのことだ、多分今頃はみんなの元に戻ってるさ。」
「うん。」
まだ、外では雷とともに強い雨音だけが響いていた。
しばらく身を寄せ合っていた二人だったが、犬夜叉は何に気がついたのか
「ん?」と祠の外に目をやった。
(・・・あの光は、桔梗・・・?)
かごめは目を閉じたまま、犬夜叉に寄りかかったままだ。
犬夜叉はかごめに気づかれないよう、そっと目を凝らし、光を見つめた。
(死魂虫・・・)
犬夜叉の動きに気がついたかごめがその視線の先を見つめた。
「・・・・・・あっ・・・」
(桔梗が近くにいる・・・)
だが、犬夜叉の目は死魂虫を見つめたまま、かごめの体から手を離そうとはしない。
(あたしがいるから・・・ね?)
再び、さっきと同じ感情がふつふつとわいてきた。
―――――また、あたしのせいで・・・
そう思うと、かごめは犬夜叉の手を払い除けよるように身を離すと、
「行って。」
と犬夜叉を見つめた。
かごめの言葉に一瞬ためらった。
「かごめ・・・?」
だが、かごめは犬夜叉の視線から目を逸らさない。
「桔梗が待っているんでしょ?だから、行って、ね?」
少し、首をかしげたかごめの顔は妙に澄ました感じがする。
「無理・・・してねぇか?」
(まだ雷は去る様子もねぇ。こんなところにかごめを一人で置くわけにいかねぇじゃねぇか・・・)
犬夜叉は、まだためらっている。が、ためらうということは行きたい気持ちもある・・・ということ。
そんな犬夜叉の気持ちを察したかごめ。
「ここで待ってるから・・・。大丈夫よ、ここ雨も入ってこないし。ね?」
そういって犬夜叉を笑顔で送り出そうとする。
「ね?」の一言に犬夜叉は背中をおされたような気持ちで、立ち上がると
「すぐ戻る・・・」と一言だけを残し、祠を飛び出した。
その後姿は、降り注ぐ雷雨にものともせず、一瞬のうちに森の中へと消えていった。
(雨の中を歩くのがいやだなんていって・・・)
再び、犬夜叉が去っていった森の方を見つめ、「ふぅ」と溜息を漏らした。
気遣われた自分に不甲斐なさを感じつつ、切なさを含んだ、そんな溜息・・・。
まだ辺りには激しい雷鳴が轟いていた。
そこに二人はいた。顔を見合わせている。
打ち付ける激しい雨がそれぞれの衣の裾を濡らしていた。
白衣の巫女は木の幹の根元、少し小高いところに立っている。
その正面に犬夜叉がいる。
見つめあう二人の間に距離があった・・・。
「桔梗・・・・。」
「どうした?こんなことろで・・・」
桔梗は犬夜叉を見下ろすように問いた。
「死魂虫を追って来た・・・。・・・お前は?」
「・・・私がとどまる理由があると思うのか?」
「そんなに濡れて、山道を歩くなんて・・・」
犬夜叉は一歩足を出し、桔梗に近づいた。
だが、桔梗は犬夜叉を見据えたまま、動くことはない。
桔梗は、近づく犬夜叉を諭すように応えた。
「死人(しびと)のこの体が濡れたところで床に付することもあるまい。」
死魂虫が桔梗の体にまとわりつくように、ふうっと空を舞っている。
夏の雨、少し温度が高いせいか、辺りは靄が立ち込めている。
犬夜叉の肩からも体温で気化した白い靄が緋の衣を色薄く染めている。
だが、桔梗の体は濡れているだけだ。
その様が妙に心を締め付けてならない。
体温がないのが目に見えるようだからだ。
「・・・桔梗。」
「まだ何かあるのか?」
空に轟く雷鳴が立ちすくむ二人の間をすり抜けるかのように駆け抜ける。
カッ・・・、ゴロゴロゴロ・・・
一瞬の雷(いかづち)が二人の顔を照らした。
・・・・雷鳴の下で、眉ひとつ動かさない桔梗と、骨と墓土の肉体を気遣う犬夜叉。
「早く戻ればよかろう・・・」
「桔梗・・・」
桔梗は、一言犬夜叉に告げると、やがて体を取り囲んだ死魂虫を連れ、
すうっと靄の奥に足音ひとつ立てることもなく去っていった。
ただ向かい合っただけのかつての想い人、桔梗。
だが、抱きあうことも、ましては触れることもなく、ただ顔を見合わせただけの刹那の逢瀬。
桔梗は犬夜叉がまだそこから動かない様子を背中で感じつつも、振り向くことはなかった。
「戻ればよかろう・・・、お前の心のある場所へ・・・・・。」
犬夜叉に手向けるように背中で呟いた。
激しい雨と轟く雷にかき消されるほどの小さな声で。
お前の心のある場所・・・・。
それは多分・・・。
――――同じ魂をもつ、あの異邦人・・・
犬夜叉は桔梗が去った後もしばらく動くことはなく、
今しがたまで桔梗が立っていた木の根元で、雨の中立ちすくんでいた。
「桔梗、お前が無事でいるなら、それでいい・・・。」
聞こえているかどうか、それは問題ではない。
ただ、その気持ちが犬夜叉の中に確かにあるということを
あたかも自分に言い聞かせるかのように口にした。
(お前が無事なら、それで・・・)
その想いを胸にしまいつつ、踵を返すと再びもと来た道を走り始めた・・・。
犬夜叉自身、もう気がついているはずだった。
わかってはいても、だが、しかし、それを口にすることは決して許されないことだと自身を正すよう、
その想いを押し殺そうとした。
―――――憐憫の情・・・
そう、初めて愛した女への、既に肉体の滅んだ魂だけが現世に蘇った薄幸な女への、
多分、遠い昔の想いへの鎮魂。
「はあ・・・、なかなか止まないなぁ・・・」
祠の入り口で一人、膝を抱えながら、犬夜叉の帰りをまつかごめ。
時間とともにようやく気分が持ち直したのか、
さっきまでの鬱はどこへ消えたのか。
今はただ桔梗を探しに森へと入っていった犬夜叉を待つことだけしか頭になかった。
「・・・会って、何話すんだろう?」
ぼそっと呟く。聞いているものはいないと確信した上での独り言。
「なんか、やだな。こんなこと考える自分・・・。」
自分で自分を追い詰めるかのように小言を吐く。
「行かないでっていったら、行かな・・・いかな?」
ふと顔を上げ、屋根から激しく流れる水を見つめる。
どこか空ろ気な寂しい面持ち。
「多分、行くんだろうな、犬夜叉は・・・。」
「かごめ!」
しばらく待っていると森の向こうから飛び込むように犬夜叉はかごめのいる祠の入り口に戻ってきた。
「犬夜叉!」
かごめはすくっと立ち上がると、全身びしょぬれになった犬夜叉の体に飛びついた。
犬夜叉は一瞬躊躇したものの、お互いもうずぶ濡れかと半ばあきらめの境地でかごめを自分の腕の中へと包み込んだ。
「かごめ!」
何かを確かめるかのようにもう一度、強くかごめを抱きしめる。
かごめも犬夜叉の背中に腕を回し、顔を胸に埋め、その確かなる存在を確かめた。
「・・・よかった、帰ってきてくれて。」
「馬鹿野郎・・・、すぐ戻るっていったじゃねぇか・・・」
「うん、そうだよね。」
しばらく抱き合いながら、言葉を交わした二人。
やがて、雷鳴は山の向こうへと去っていった。
雲の晴れ間から、線のような光が差し込んでくる。
「・・・雨止んだね。」
「ああ」
犬夜叉とかごめは光差し込む空を見上げ、目を細めた。
だが、二人は抱き合ったまま、祠の入り口に立っていた。
(多分、俺はこの温もりが一番・・・)
腕の中のかごめを想う心。それはまるで雨上がりの澄んだ空気のように正直な気持ち。
もう一度抱きしめた腕に力を込めた。
その腕に身を任せるかごめは目を伏せ、犬夜叉の胸の奥で確かに感じる鼓動に耳をすました。
「犬夜叉・・・」
「かごめ〜!」
「七宝ちゃん?」
祠に向かってかけてくる一匹の小さな子狐妖怪が一心不乱にかごめに駆け寄ってくる。
その向こうには弥勒と珊瑚が肩を並べてかごめを見つけ、大きく手を振っている。
「かごめちゃん!」
「かごめ様!」
二人は安堵した様子でかごめを見つめた。
「よかった。犬夜叉と一緒だったんだね」
珊瑚が綻んだ。
「いや、かごめ様は、多分犬夜叉と一緒だから大丈夫だろうと珊瑚と話してたんです。でも無事で何より・・・」
弥勒が言った。
多分、犬夜叉と一緒。
そう、私と犬夜叉はこれからも多分、一緒。
「かごめがいなくなったので心配したぞ!」
七宝がかごめの肩に飛び上がった。
「ば〜か!おめぇが一人で森の中に勝手に入り込むからかごめが心配して探しに行ったんじゃねぇか!」
かごめの肩に乗った途端、犬夜叉に猫のように背中を摘まれた。
「なんじゃ、犬夜叉!いつもは勝手にふらふらと桔梗のところにかごめをほったらかして勝手にいっとるだろうが!」
「んだとぉ!コラ、七宝!」
「止めなさいよ!犬夜叉!・・・おすわり!」
「どわっ!」
いつしか、すっかり上がった雨。
空には珍しくすっきりと輝く虹。
「きれい・・・!」
そういって、一同は空に架かった虹を見つめた・・・。
―――――多分、犬夜叉と一緒。
―――――そう、私と犬夜叉はこれからも多分、一緒。
澄み切った空を見上げ、かごめと犬夜叉はどちらともなく手を繋ぎ、空を見上げていた・・・。
END