【蝶 ちょう】

鱗翅目アゲハチョウ上科とセセリチョウ上科に属する昆虫の総称。

体は細長く、はねは葉状で二対あり鱗粉(りんぷん)と鱗毛で美しく彩られる。

 

(三省堂「大辞林 第二版」より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蝶と杭 ―1       (2006.12.8)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犬夜叉?夕ご飯食べないの?」

 

半開きになったままのドアノブに手をかけ中へと入る。

 

「ねぇ、犬夜叉?・・・もう電気もつけないで・・・。」

 

日が沈み、真っ暗になったままの部屋をすっと見回した。

 

自分の部屋でも真っ暗のままでは聊か居心地が悪い。

かごめは手を伸ばし、明かりをつけようとした。

 

「余計なことすんなよ。」

 

いつものようにベッドの真ん中を陣取るように座っていた

犬夜叉は鉄砕牙を肩に担いだまま、瞳を伏せていた。

 

「いやよ。暗いの嫌い。」

 

「俺は明るいのが嫌なんだよ。」

 

「もう・・・。足元が危ないじゃない。」

 

締め切った窓からはまともに光りは入ってこない。

星は出ているのだろうが、街明かりが強いせいか、

かごめの世界で星明りはあまり役立たない。

 

そして、差し込んでもいいはずの月も今日はない。

 

かごめは手に持ってきた夕飯を乗せた御盆を

机の上におき、ふうっと溜息を洩らした。

 

 

 

 

 

 

今夜は朔の夜。

 

かごめに言われるまま、今日はこっちで過ごそうと

【現代】に来てみたものの、犬夜叉にとっては朔の夜である今夜は、

やはり普段より居心地が悪く、警戒心が強い。

 

「明るいところで朔を過ごしたことはない。」

 

「だから、こっちじゃ妖怪なんていないわよ。」

 

「つけるな。」

 

「もう。」

 

50年の封印が施される以前からの悲しい習性だろうか。

 

幼少の頃より、たった一人生きてきた犬夜叉。

魑魅魍魎が蠢く妖の世界で人間となってしまう朔の夜を

一体どんな気持で過ごしてきたことだろう。

 

どんな恐怖の中で膝を抱え、闇に潜んでいたことだろう。

 

 

そんな孤独を生き抜いてきた犬夜叉・・・。

 

 

じっと瞳を伏せ、闇の中で耳を澄まし、

神経を尖らせる彼を見ていると、

彼の過ごしてきた孤独と哀れみが胸のそこに込み上げてくる。

 

 

少しでも、この孤独が癒されるなら・・・

 

 

かごめはベッドの脇にあるスタンドのスイッチを入れ、

真っ暗な部屋に小さな明かりを灯した。

 

「これくらいなら、いいでしょ?」

 

「だから・・・。」

 

その言葉を阻むようにかごめはベッドに腰掛ると、

犬夜叉を包み込むように、そっと背中へと頬を寄せた。

 

「今日はあたしがあんたを守るの・・・。」

 

「・・・・・かごめ・・・。」

 

「今日くらい・・・、今夜くらい・・・、あたしが・・・。」

 

痛いくらいに伝わってくる背中の温もりに

犬夜叉はようやく目を開け、うっすらと照らされた部屋へと

ようやく目を向けた。

 

普段使われている天井につるされた電気の傘も

今は下からやんわりと灯されたスタンドの小さな明かりに

その姿を朧気に照らし出している。

 

まるで、ろうそくで明かりを取るように、

橙色に染め上げられた犬夜叉にと

かごめは身を沈めるように漆黒の髪の広がる大きな背へと身を埋めた。

 

 

「けっ!冗談じゃねぇ!」

 

「犬夜叉?」

 

背に当たる温もりを剥がすように身を離し、

むきになってかごめに凄んだ。

 

「おめぇは俺が守る。おめぇに守られるほど柔じゃねぇ!」

 

 

 

 

―――――わかってる・・・

 

―――――あんたのことはあたしが一番知っている・・・

 

 

 

 

その目の奥にある『信頼』と『安堵』。

 

 

 

 

―――――かごめは決して自分を裏切らない

 

―――――自分を見放しやしない・・・

 

 

 

 

半妖であるが故の月に一度の人間となってしまうときの

心もとない不安は、かごめの包み込むような愛情によって

確かに払拭されている。

 

だが、彼も男。

 

そうそう、女に弱みを見せるほど情けない姿を晒すこともできないし、

ましては、守られるなどとは・・・。

 

「俺はそんなに柔じゃねぇ!」

 

「もう。」

 

「なんだよ、文句あんのかよ。」

 

「別に。」

 

「何だってんだよ!」

 

「・・・意地っ張り。」

 

「んだとぉ!」

 

犬夜叉は、痛いところを突かれたのか、

片足を立て、かごめに食って掛かろうと腰を上げかけた。

 

しかし、かごめは、しらっとした表情で

ベッドから飛び降りると部屋の隅においてある

あるものを手に取った。

 

キャスターごと、ガタガタっと犬夜叉が腰掛けたベッドの前まで

引きずってくると、にんまりといたずらっ子のように笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、犬夜叉?」

 

「何だよ?」

 

「朔の夜の自分って見たことある?」

 

「は?どういうことでぇ?」

 

「自分の顔、知ってるかって聞いてんの。」

 

「どういうことだよ?」

 

「見てみたら?人間の自分。」

 

かごめは、引きずってきたものを犬夜叉の前へと置くと、

もう一度ベッドへと上がりこんだ。

 

目の前に置かれたのは、大きな姿見鏡。

 

犬夜叉は何度となくかごめの部屋へと来てはいたが、

部屋の隅に置かれていたそれに目を向けたことはなかった。

 

興味がなかった。

関心がなかった。

 

この部屋へと足を運ぶ理由が他にあるから。

 

かごめの『いい匂い』と、そして、かごめ自身。

 

鏡に映し出されるのが何だとは考えたこともなかった。

 

 

 

「ね?あたしと変わんない。」

 

かごめは犬夜叉の背後から顔を出し、

同じ視線で鏡を覗き込んだ。

 

普段、見慣れない黒髪の少年が目を大きく見開き、

見たこともない自分の姿をまじまじと見つめていた。

 

「・・・・。」

 

「朔の夜の犬夜叉はぁ・・・。」

 

腰まである長い髪を手に取る。

 

「あたしと同じ黒い髪。」

 

掬った髪の毛の束を愛しげに口に運ぶ。

 

「あたしと同じ匂いだ。ずっとこの部屋いたもんね。」

 

「・・・・・。」

 

鏡に映る二人の姿は、まるでこの世にたった二人きりだと

思わせるかのように、鏡を支える枠の中に納まっている。

 

正直言って、朔の自分をこうして真面目に見るのは初めてだ。

 

朔の夜は、ただひっそりと闇に溶ける様に息を潜め隠れていたから。

 

だれかに見られでもしたら、それこそ命はない。

 

 

その恐怖や警戒心もかごめに出会ってから変わり始めた。

 

初めて出会った頃の二人は喧嘩ばかりしていた。

誰も信じないと頑なに距離さえ置いていた。

 

信じたこともなかったし、これから先も誰かを信じることなどありはしない。

 

そういう人生だったから・・・

 

かごめの存在は自分の全てを変えていく。

 

信じあえる仲間に出会えた。

人を許せる心を知った。

 

桔梗と思い会っていた頃はまだ知らなかった感情が

湧き出るかのようにかごめによって目覚めさせられた。

 

手放さない・・・

離さない・・・

 

黒髪のか弱き人間となっても、その思いは衰えることは決してありはしない。

 

「かごめ・・・!」

 

犬夜叉は、自分の髪にかけていたその愛しき手を引き寄せた。

 

どんなに心強い言葉を口にしても、やはり女の細腕は容易に掴み取れた。

 

「あ・・・!」

 

その口元から小さな声が漏れるとともに、

華奢な体はベッドへと押し倒され、勢いついたせいか、

マットのスプリングで軽く弾んだ。

 

真上から、覗くのは黒い瞳、黒い髪の少年。

 

幾度と交わったことのあるはずの銀の髪はそこにない。

それはまるで違う男がかごめの体に覆い被さって

逃げ道を塞いでいる。

 

「・・・・!」

 

その視線にかごめはどきっとした。

 

いたずらが過ぎたのか。

気が立っているせいか。

 

 

胸の奥、鼓動がやけに大きく聞こえる。

正面の黒髪の男の姿に緊張さえ覚える。

 

 

鋭く据わった黒い瞳がかごめを射抜く。

 

「い、・・・犬・・・夜叉・・・。」

 

思わず視線を逸らし、言霊の念珠を掴むかのように、

腕を伸ばし、真上にある緋の衣を押し上げた。

 

が、人間であってもその壁は容易に動くようなものではない。

 

案の定、微動だにしない固い胸板。

 

犬夜叉は、かごめの小さな抵抗を意とも思わぬように、

僅かに屈み、その距離を縮めた。

 

「かごめ・・・。」

 

言葉とともに拭きかかる息が首筋に生暖かい風となって拭きかけられた。

 

その度にびくっとしながら伏せた瞼に力を込め、

軽く眉間に皺を寄せ、かごめは身構えた。

 

「そんなんで、俺の何を守るってんだよ?」

 

「・・・・。」

 

「俺がそんなに弱いと思ってんのか?」

 

「そう・・・じゃないけど・・・。」

 

「じゃ、なぜ目を逸らす?」

 

 

―――――違う。そんなんじゃない・・・

 

 

―――――逸らした理由なんて・・・

 

 

犬夜叉から出た思わぬ言葉にかごめはようやく顔を正面へと見据えた。

 

「違うわよ。弱いとかそんなんじゃ・・・ない。」

 

「じゃ、なんだよ?」

 

「・・・・・。」

 

「言えねぇような理由か?」

 

「違うわ!」

 

なおも怪訝そうに見つめる黒い瞳は、かごめを捉えて離さない。

 

「言えよ・・・。」

 

「・・・・・!」

 

見据えた黒い瞳をそのままに、犬夜叉の手は

すっとかごめの服の上から体の線をなぞり始めていた。

 

ゆっくりと下から上へと這い上がってくる男の手。

 

その手には、いつも自分を危険から守ってくれる鋭い爪はない。

 

「言えよ・・・。」

 

「犬夜叉・・・。」

 

まるで、追い詰められた兎。

 

人間に成り果てた自分への劣等感がそうさせているのか。

かごめの態度に何を感じているのか。

 

―――――違うわ・・・

 

―――――弱い、とか、そんなんじゃないのよ・・・

 

「だって・・・。」

 

「あ?何だよ?」

 

言葉を濁すも、かごめはほんのりと頬を染め、潤んだ目で

真上にかかる犬夜叉の瞳を見つめた。

 

「なんか、・・・その、・・・いつもの犬夜叉と違う・・・から・・・。」

 

「人間の俺が嫌って・・・ことか?」

 

「違うの。そうじゃなくって・・・。」

 

「わかんねぇよ!言ってっことが・・・。」

 

「だって、・・・初めて・・・じゃない?」

 

「何が?」

 

「朔の犬夜叉と・・・、こうするの・・・。」

 

それまで抵抗していたはずの腕を伸ばし、真上にある頬に手を添える。

 

「かごめ・・・。」

 

一抹の不安は、その一瞬で消えてなくなった。

 

人間の自分を卑しくも忌々しくも思っていた自分を

こんなにも熱く受け止め、奥ゆかしくも

愛しげに見つめる瞳に何の偽りがあるだろうか?

 

だが、思わず口に出してしまう言葉で、かごめの意思を確かめる。

 

「人間の俺は嫌か?」

 

「犬夜叉は犬夜叉よ。」

 

「かごめ・・・。」

 

それこそ、初めてだったかも知れない。

 

目の前のかごめのその様子に犬夜叉はただ心を奪われた。

 

 

「犬夜叉・・・。」

 

かごめは、横たえたまま自分の衣服へ手をかけ、

ボタンを一つ一つ外していく。

 

ゆっくりとシャツを広げると、柔らかい乳房を覆った白い布が

スタンドの明かりだけに照らされた薄暗い闇の中で眩しくさえある。

 

その姿勢のまま、肩にかかっていた紐を肘まで下げると

もうこれ以上は出来ないといった風に腕を交差し、胸を手の平で隠した。

 

「かごめ・・・。」

 

 

眩いくらいの白く滑らかな柔肌は確かに今まで何度も愛したもの。

 

だが、今夜は違う。

 

自分が違う。

 

人間として、初めて交わる今を緊張しないはずがない。

 

 

朔の夜を過ごし、生き抜いていた犬夜叉が、

今の今、初めて緋の衣を自ら脱ぎ捨てた。

 

絨毯の上へ、ばさっと音をたてて衣が落ちたのを

皮切りに二人は真剣に見つめあった。

 

上半身を起こしたまま、ベッドに沈むかごめを見下ろす。

 

 

「かごめ・・・。」

 

 

犬夜叉は、かごめの手首を掴むと、ゆっくりと左右へと広げた。

 

それは、まるで捕まえた蝶の模様を確かめるかのように

ゆっくりと、そしてじっくりと眺めながら広げる。

 

かごめもまた熱い視線で犬夜叉を見つめ、

胸を激しく打ち鳴らす鼓動を感じつつも黙ってされるがままとなった。

 

 

 

 

(かごめ・・・・!)

 

 

 

初めて、人間と人間との肉体で二人は重なり合い始めた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・う・・・、ああん・・・、はああ・・・!」

 

爪のない指先はその感触をじっくりと味わうかのように

かごめの体を何度も何度もなぞりゆく。

 

いつもとは違う感触にかごめもまた激しい声をあげることで

その動きに応えた。

 

今までは傷つけまいと気遣っていた爪がない分だけ、

指の腹で触れられる悦びに陶酔している自分。

 

 

揺れる乳房とその先端部分の独特の肉感。

蕾を摘むたびに漏れてくる声。

 

「ああ!・・・あん!」

 

花弁の内壁から溢れてくる蜜を指先で絡め取る。

 

溶けたように温んだ秘所と特有の圧迫感。

犬夜叉は遠慮なく指を差込み、奥へ奥へと沈ませた。

 

「うううぅ!・・・あん!」

 

指の動きに合わせ、悶えるかごめに犬夜叉自身も強く反応していた。

 

目の前に広げた眩い肢体に自身が激しく脈打ち、

想いを焦がすように雄雄しく頭を上げ、自己主張をしていた。

 

「かごめ・・・!」

 

背筋に沿うように舌で幾度も往復を繰り返す。

 

「あん!やん・・・ん。」

 

シーツを手繰り寄せながら、ぐっと握り締めるかごめの白い手の甲を覆うように

犬夜叉も手を添え、自分の胸の下へと引き戻し、何度となく唇で絹の肌を味わう。

 

身悶える項【うなじ】。顰めた眉間に潤んだ瞳。声を洩らす口元。

 

「はぁ・・・!あん!」

 

「・・・かごめ・・・。」

 

汗ばんだ体を掴み、背後から手を伸ばし、揺れる双丘の頂を軽く弾きながらも

指先で器用に転がし、かごめもまた吐息を洩らし、その先端を打ち震わす。

 

「あ!あん!・・・ああ!」

 

犬夜叉は、いよいよかごめの芯を貫こうとかごめの腰を持ち上げ、

足を広げようとした時だった。

 

 

 

 

 

RRRRRR、RRRRRR、RRRRR・・・

 

 

 

 

その音にかごめが真っ先に反応した。

 

「・・・あ、犬夜叉、ごめん!電話だわ!」

 

「おい!・・・かごめ!」

 

散々弄ばれ立つ力さえ奪われていた体を起こし、

ふら付く足元を必死に踏ん張りながらも

かごめは絨毯に投げ出されたシャツを拾い上げ、

胸元を隠すように抱き抱えると階下へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――もしもし?かごめ?

 

「・・・あ、ママ。どうしたの?」

 

――――電話出るの遅かったじゃない?

 

「・・・ごめん。お風呂に入っていたの。何か用?」

 

――――どうしたかなって思って、ね。大丈夫なの?そっちは。