酔って候 (2006.9.3)
「ほんとに、ほんとに、まったく、もう…」
かごめのすぐ脇の床で横たわる犬夜叉を睨むように見下ろす。
刺す視線に、目さえ合わせられない犬夜叉。
楓の家で二人。
なにやら険悪な雰囲気。
「・・・水・・・」
「・・・水がどうしたのよ」
「・・・水、・・・くれ・・・」
「・・・」
黙ってペットボトルを差し出す。
「・・・気持ちワリィ・・・」
ひたすら、青い顔で横たわる犬夜叉。
おかんむりのかごめに恐れてか、かごめに背を向け、ぐったりとしたまんま・・・。
「まったく、これに懲りたら、もう・・・」
言葉の続きを言いかけたとき、犬夜叉は背を向けたまま、空いている手を差し出した。
ふとあげた手が力なく空を舞うようにひらひらと・・・、それは、それは力なく。
「・・・わぁってるよ・・・、しつっけぇなぁ・・・」
「犬夜叉、お前もどうです?」
夕餉も終え、珊瑚とかごめは寝支度の準備を始めていたころ。
弥勒が楓の家の屋根の上で横たわる犬夜叉に降りて来いと言わんばかりに戸口で声をかけてきた。
「ああ?なんだよ」
ひらり・・・と犬夜叉が屋根から飛び降りてきた。
「日中、無心様のところで貰ってきたのです。お前によろしくと言っておったぞ。」
弥勒は、さも嬉しそうに犬夜叉に手に持ったものを顔の前に差し出した。
「けっ、俺はやらねぇ」
「ま、そう硬いこと言わずに。たまには男同士、酌み交わすのも悪くないだろう。」
そういうと、珊瑚とかごめの様子を目でちらりと伺った。
明かりはもう小さくなっている。
もう寝たか・・・と確認すると、「さ、あちらで月でも眺めながら・・・」
と犬夜叉を連れ、楓の家を後にした。
「さ、一杯」
弥勒が杯を差し出した。
「俺ぁ、飲まねぇっての。」
「せめて杯を受け取れ、犬夜叉。」
と、なかなか手を伸ばさない犬夜叉の手に杯を渡すと、とくとく・・・と白く濁ってはいるが、どこか香り高い液体を注いだ。
「これはうまい!」
一口でくいっと呷る弥勒。無粋な犬夜叉と手酌ながら飲むのもまた一興。
心地よい咽喉越しに弥勒は舌鼓を打ちならす。
「何がいいんでぇ。」
興味があるのか、ないのか。
だが、ほろ酔い弥勒を見ていると、なんだか・・・
杯を口にする弥勒をじっと見つめた。
その視線に気づいた弥勒は、くすっと笑みをこぼすと「まずは一口飲んでから、考えればよかろう」
と一向に減らない犬夜叉の杯をもう一度進めた・・・。
「大体、かごめのやつは、いっつもなんかあると『おすわり〜!』とか言ってよぉ!」
「うん、うん、わかります、わかります。」
どれくらい時間がたったのか。
気がつけば、無心から貰った酒以外の瓶が足元にごろごろ転がっている。
既に村全体から、灯火も消え、夜半遅くなっている。
弥勒と犬夜叉は、お互い少し座った目で、なんの話やら妙に盛り上がっていた。
「お前もどうなんです?いつも思うのですが、桔梗様とかごめ様の間を行ったりきたり・・・」
いきなり核心を突いてくる弥勒に酔いが入った犬夜叉は動じることもなく、「ぁあ?かごめ?」
と、切り替えした。
「だってよぉ、かごめは俺が守んなきゃ、こんな時代だ・・・。生きてけねぇだろ。」
ぷいっと顔を背け、すねたように言葉を吐き捨てた。
「ならば、いっそ実家の国に帰すとか思ったことは・・・なかったのか?」
「そりゃ、できねぇ。・・・いや、帰りてぇっていっても帰えさねぇ!」
言葉の勢いとともに突然、立ち上がって天に向かって大声を張り上げ、
弥勒を見下し、じっとにらんだ。
だが、弥勒は腰を下ろしたまま、犬夜叉の本音(?)らしき一言に静かな口調でそっと応えた。
「それをかごめ様に伝えたのか?ん?」
再び、酒を注ぎ、くいっと飲み干す。
「言えりゃ、苦労はしねぇ」
銀糸の髪から覗く獣の耳がくいっと傾き、どかっと元いた場所に再び胡坐を斯いて腰をすえた。
そんなこんなのやり取り・・・。
弥勒の顔の真正面に「注げ!」と言わんばかりに杯を差し出す。
弥勒も黙って酒を注ぐ。
「悲しい生き物だなぁ、男とは・・・。」
「悲しい・・・だぁ?・・・けっ!」
犬夜叉はきっと弥勒を一睨みすると突然何を思ったのか、鉄砕牙を抜き、
一呼吸すると、
だぁ!っと夜空に向かい、いきなり風の傷を放った。
ゴオオオオッ・・・・・・・
寝静まった村、小高い丘に立つ楓の家のすぐ近く。
風の傷は、屋根を掠めるかくらいの軌道で放たれた。
「・・・い、犬夜叉・・・?」
「はっ、どうでぇ!」目が座ったまま、鼻の頭を得意げに摩りあげる犬夜叉。
弥勒の手から杯がぽろっと落ち、足元にコンッと転がった。
しかし、犬夜叉は弥勒の表情にもまったく気にせず、刀を振り上げると、もう一度風の傷を放とうと構えた。
(まずい!!!!)
一気に弥勒の酔いはさめた。
先ほどまでほろ加減で、心地よくしていた頬の温もりが今や蒼白になり、妙に冷たい汗が額を伝ってくる。
「犬夜叉!よさんかっ!」
弥勒は、犬夜叉の背後から押さえ込もうと飛びついた。
が、相手は半妖。力の差は歴然としている。
犬夜叉は微動だにしない。
それでも手を緩ませまいと必死の弥勒。
「なんだよ!弥勒!なんで止めんだよ!」
目の据わった犬夜叉。これではもう手をつけられない。
まさか、村中に風の傷を巻き散らすわけじゃないだろうか?
未だ酔いが抜けない弥勒だが、暴走し始めた犬夜叉を止めねばならない。
目の前で弥勒を威嚇し、仁王立ちする犬夜叉にどう立ち向かえばよいか、考えを張り巡らせていたとき。
「帰さなきゃいいんだろ?・・・帰さなきゃ・・・!」
「・・・は?」
弥勒は何を言っているのかと犬夜叉の顔を見ながらも一瞬止まってしまった。
「帰さなきゃ・・・って、まさか、かごめ様?!・・・どわっ!」
さっきの話を思い出した。しかし、そのとき既に体は地面から離れ、弧を描いていた・・・。
犬夜叉は、弥勒の体を難なく払いのけると、変化したままの鉄砕牙を片手に、
ふらふらとかごめの寝ている小屋に向かって歩いていった。
・・・弥勒は、土手の下まで飛ばされてしまっていた。
手加減なしに振り払われたのだ。
「・・・・っててて・・・」
腰に手を当てながら、必死の思いで這い上がる。
が、しかし。
「・・・・」
きゅうっと途中で意識を失ってしまった・・・。
「かごめぇ!」
突然、名前を呼ばれ、がばっと飛び起きたかごめと珊瑚。
何事か?と戸口に目をやると、そこにはものすごい形相で立ち聳える犬夜叉。
二人は床から上半身を起こしたまま、犬夜叉に目を凝らした。
様子がおかしい。いつもの犬夜叉とはまったく違う。
珊瑚は咄嗟に飛び起きると、いつも横においてある飛来骨をとろうと小屋の隅に手を伸ばした。
が、犬夜叉の反応の方が早かった。
珊瑚のすぐ目の前に鉄砕牙の刃がきらりと怪しげに光を放つ。
「・・・犬夜叉・・・?」
かごめは、まったく動けない。
硬直したまま、犬夜叉を見上げた。
だが、珊瑚に刃を向けたことは許しがたい。
「お、おすわり!」
「ぐわっ!」
呆気に取られつつも、言霊で抑制したかごめは、おそるおそる床に叩きつけられた犬夜叉に近づいた。
珊瑚も犬夜叉から目を離さぬよう、そうっと飛来骨を手に取る。
一体どうしたのか?
かごめと珊瑚は、犬夜叉の豹変振りがなんなのか、と顔を見合わせた。
「・・・ん?・・・お酒?」
犬夜叉から、ものすごい匂いを感じ、思わず珊瑚に目をやった。
「珊瑚ちゃん!犬夜叉、お酒臭い!」
「はぁ?お酒?」
お互い目を合わせた瞬間、犬夜叉はかごめの体をぐっと引き込むと脇に抱え込み、
「来い!」と一言叫び、ひらりと外へ跳躍しながら闇夜に消えていった。
「・・・・かごめ・・・ちゃん。」
一人、取り残された珊瑚はただ呆然とするだけで、消えていく二人をただ見送るほかなすすべはなかった・・・。
しばらく森の中を走っていた。
「ちょ、ちょっと!どこに行く気よ!」
脇に抱えられたかごめは必死に叫ぶが、犬夜叉は一言も話さず、ひたすら走り続けた。
時には、枝を飛び、時には巨大な大木を飛びように跳躍し、だまったまま走り続けた。
手っ取り早く止めるには言霊を放てばいいのだが、今のこの状況で言霊を発したら、お互いただではすまない。
珊瑚に刃を向けたのが酔っ払ったせいなのはわかったが、でも許せない。
しかも自分はまるで攫われている状況。
どうしようと思いつつも、脇に抱えられた今の自分には何もできない・・・。
酒など飲んだところを見たことがないかごめ。
なんだって、今日に限って飲んだのだろう?
しかも、こんなに酒臭くして・・・!
と、むかむかしながらも、自分はどこへ行くのやらとされるがまま。
犬夜叉は何一つ言わず、奥へ奥へと森の道なき道を走り続けた。
ようやく足を止めた犬夜叉が向かった先は、村はずれの人気のない廃れた祠だった。
荒々しく扉を開け、かごめを脇に抱えたまま中にずかずかと入ると、
無言のまま、きぃぃっと扉を閉めた・・・。
真っ暗な祠。
かごめには何も見えないも同然の闇。
犬夜叉はようやくかごめを腰から解放したかのように床に下ろした。
だが、手はかごめの腕を離さない。その手はまるで逃がさないと言わんばかりであった。
「・・・犬夜叉?・・・どうしちゃったの?」
暗闇の中、わかるのは犬夜叉が掴んだ手のみ。顔の表情さえ見て取れない。
酒くさいのはわかったが、何がしたいのかがまったく見当がつかない。
犬夜叉が手加減しないのか、できないのか掴んだ腕が痺れそうだった。
「・・・腕、痛い・・・」
この状況で言霊を発するのはもはや無意味である。
「逃げないから、・・・・ね?離して・・・」
犬夜叉は無言のまま、手の力を抜いた。だが、腕を離そうとはしてくれない。
困惑したかごめは掴まれている腕、指先が冷たくなっていることに気がついた。
血のめぐりが悪いのか、それとも夜空を飛び跳ねていたせいなのか。
「・・・寒いのか?」
犬夜叉はようやく口を開いてくれた。
開いた口から酒の匂いが広がり、狭い祠の中に漂う。
「そりゃ、寒いわよ!寝ていたとこを叩き起こされて、夜の森を飛びはねたんだもの。」
はっきりしない犬夜叉の顔の輪郭に向かい、かごめは言い放った。
目が慣れても、やはり暗闇。
犬夜叉の表情が見えないことがこんなにも怖いとかごめは初めて悟った。
・・・シュッ・・・スル・・・
・・・え?何?何してんの?
布のすれる音、そして掴まれた腕が違う方に持ち換えられた感覚。
ふぁさ・・・と床に犬夜叉の羽織っていた緋の衣が床に広げられた。
足元に感じる落ちた布の立てた空気の動き。
「?!」
突然、かごめの体が浮いたかと思うと頭を手に支えられ、衣を敷いた床に押し倒された。
「なっ、何?」
ついには両手を組み敷かれ、上から妙に火照った体が圧し掛かってきた。
「・・・犬夜叉!何?」
「・・・」
犬夜叉は何も言わず、かごめの顔の脇に自分の顔をうずめてきたのだ。
・・・!何するつもり?!
声がでない。
体も動かない。
かごめの足の間に犬夜叉の膝が入ってくるのがわかる。
さっきまでの寒さが圧し掛かった犬夜叉の体温が直に伝わってきた。
そろりそろりとかごめの腕から指先に向かう犬夜叉の手。
その手はやがて、冷たくなったかごめの手のひらに重ねてゆく。
「・・・つめてぇ・・・」
犬夜叉の指が一本一本、かごめの指の間を抜け、やがて、ぎゅっと握り締めた。
だが、かごめはその動きに応えられないかのように開いたまま握り返すことができなかった。
「・・・」
「・・・」
かごめは、じっと天井を見上げた。無論真っ暗で何も見えない。
だが、冷静にはなれた。
「・・・どうしたの?」
犬夜叉の耳元で、小さな声で尋ねた。
「・・・」
「応えなさいよ・・・。こんなことして・・・!」
少し、苛立ってきたのか、声が大きくなった。
「・・・帰したくねぇ。」
「はぁ?」
「お前をどこにも帰したくねぇ・・・」
顔を埋め、かごめを見ようともしない犬夜叉から思いもよらない台詞にかごめは驚きを隠せなかった。
「帰したくない・・・て、どこによ・・・」
「どこにも・・・だ・・・」
「!」
犬夜叉の片方の手がかごめの手から離れたと思いきや、自分の肌蹴たお腹の上にきたのが判った。
直に触れる犬夜叉の手。
しばらく、そこにいたかと思うと、やがてその手は上に這ってきた。
ゆっくり、ゆっくりと静かにかごめの素肌をまさぐるようにやってくる手。
「どこにも行かないわよ、犬夜叉・・・」
その一言にぴくっと犬夜叉の手は止まった。
「あんたの傍にいるって・・・、約束したじゃない・・・」
かごめは天井を見上げたまま、いつしか犬夜叉の頭に手を回し、銀糸のような髪を包み込んでいた・・・。
犬夜叉は、溜息を吐くかのように「・・・いてくれるのか?」と小声でつぶやいた。
「いるわよ。いつだって・・・」
あれ、震えてる・・・?
一瞬、そう感じた。
犬夜叉が震えてる?
まさか・・・
「・・・犬夜叉?」
いつしか力が抜けた犬夜叉の体を起こすように体をずらし、顔を覗きこんだ。
「zzzzzzzz・・・」
(ちょ、ちょっと!何!寝てる〜〜〜〜〜!!!!)
気がつけば、犬夜叉はかごめの体の上で寝ていたのだ。
「起きてよ!重いじゃないの!ちょ、ちょっとぉ〜!!!」
起きる気配はまったくない。
「もう!お酒臭いし!・・・!どいてよぉ!」
「zzzzzzzz・・・」
既に力なく寝ている犬夜叉と動けないかごめ。
(なんなのよ!この酔っ払い!)
大の男がどっかりと寝込んだ体は動かない・・・。
辛うじて息はできるものの、身動きがまったくできない・・・。
(まさか、犬夜叉が目を覚ますまで〜〜!・・・お酒くさ・・・)
と、結局、朝までこのまま過ごす羽目になった。
もちろん、朝を向かえ、目が覚めた犬夜叉の驚きの顔ったら・・・。
「もう、お酒は飲まないでよね!」
「・・・うる・・・せぇなぁ・・・。わぁってるっていってんだろう!」
かごめに顔を合わせられず、背を向けてすごむ犬夜叉。
「あんなことまでして・・・!」
(いきなり攫って行って、挙句には押し倒して・・・!)
「・・・あんだよ、あんなことって?」
(酔っ払って、なぜか、かごめの上で寝ちまった・・・こと?)
「・・・覚えてない、なんて言わないでしょうね?」
「・・・んだから、何がだよ!」
かごめの頭の中で、ピキッと音がはじけた。
「ほんっとうに・・・覚えてない・・・の?」
「知しらねぇ!・・・・な、なんかしたのかよ?・・・布団代わりにしたこと・・・か?」
「!!!」(ふ、布団、ですってぇーーーーー!!!)
この上ない怒りがこみ上げてくるかごめ。
「・・・!」(げっ!)
二日酔いどころではない。
かごめは、ものすごい顔で睨みつけた。
犬夜叉はひたすら後ずさり・・・。
(やば!来る!)
「おすわりーーーーー!!!!、おすわり、おすわり、おすわり、おすわり、おすわり、・・・・おすわりぃーーーーーーー!!!!」
・・・きもちわりぃ・・・(泣)
「法師様、体はもう大丈夫なの?」
「ああ、いきなり投げ飛ばされたときには命はない・・・と感じました・・・。」
「そんなにすごかったの?」
「いや、まさか酔っ払って、風の傷を放つやらなにやら・・・・」
「もう犬夜叉にお酒勧めるのはやめたほうがいいんじゃない?」
「・・・こりごりです・・・、いたたた・・・」
庭に転がる酒瓶を片付けがら、溜息をついた弥勒と珊瑚の二人。
楓の家で説教がてら言霊をめいいっぱい食らった犬夜叉。
(でも、あの言葉って、やっぱり本音・・・なのかな?)
めり込んだ犬夜叉にちらりと目をくばせ、
(・・・お酒もほどほどに・・・)
床に潰れ、二日酔いに頭を抱えた犬夜叉の背中を見つめながら、くすっと笑った―――。
END