more so ・・・     1       2006105

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、法師殿。」

 

「なんです?楓様」

 

 

 

楓は、囲炉裏に火箸を突きながら、

脇で休む弥勒に声をかけた。

 

珊瑚も飛来骨の手入れの手を休めず、耳を傾けた。

 

 

 

「隣村の荒れた山で妖怪が暴れているとの噂でのぅ。」

 

「妖怪だぁ?」

 

 

 

部屋の隅で寝そべっていた犬夜叉も同じく聞き耳を立てていたのか、

妖怪・・・という言葉に反応した。

 

 

 

「なんぞ、暴れまわって村人達も困っていると聞いてな。」

 

「で、我々に退治を?」

 

「というより、法師殿に・・・。」

 

 

 

その一言に犬夜叉が割って入り込む。

 

「けっ!妖怪退治なら、俺でいいじゃねぇか!」

 

「犬夜叉!これ!」

 

 

楓の言葉も待たず、さっさと楓の小屋を飛び出していく犬夜叉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なんだ?あやつは?話もろくに聞かずに。」

 

「最近の犬夜叉は、大分いらついとるようじゃ。」

 

珊瑚の後ろで、雲母と戯れていた七宝がひょいと顔を出した。

 

 

とことこと炉辺に座り込み、楓と弥勒の見つめる中。

七宝は、犬夜叉の出て行った簾のほうを見ながら、溜息をついた。

 

「こないだの雨の日、かごめと帰ってきた頃はさっぱりした顔してたんじゃが・・・。」

 

「さっぱりした顔?」

 

珊瑚が七宝の言葉に頭を傾げる。

 

「そうじゃ。憑き物が取れたように機嫌がよかったのじゃが。」

 

大人びたように腕を組み、さらに続ける。

 

「こないだなんか、夜、厠に行こうと目を覚ましたら、

犬夜叉がものすごい目でおらを睨みつけたんじゃ!」

 

「睨みつけた?」

 

思わず、飛来骨を磨いていた手を止め、聞き返した。

 

「おらも恐ろしくなって・・・。」

 

「あー、それでオネショしちゃったんだ。」

 

 

 

珊瑚は、思い出した。

 

 

 

二日ほど前の朝、かごめが七宝に湯浴みのお湯を沸かし、

体をきれいに洗っていた。

 

庭先には、風に靡くように七宝の小さな袴がパタパタとはためいて・・・。

 

 

 

 

「だから、夕べはあたしのところで寝たんだ。」

 

「・・・睨まれたとき、ちょっと驚いたら・・・。」

 

語尾を濁し、俯く七宝。

 

「別に怒るようなことじゃないよ。七宝。」

 

珊瑚は、落ち込む七宝を諭した。

 

「違うわい!かごめは『気にしてない』って言ってくれたわい!」

 

「じゃ、どうして?珍しいじゃないか?」

 

「・・・それは。」

 

 

 

「あたしがなあに?七宝ちゃん。」

 

庭先から、かごめが戻ってきた。

 

「かごめ〜!」

 

七宝は飛びついた。

 

「最近の犬夜叉はいらついとるの、知っとるよのぅ!」

 

「・・・そう?かな・・・?」

 

「昨日なんか、おら何も悪いことしてないのに殴ったんじゃ!」

 

「そう・・・。かわいそうに・・・。」

 

かごめは小さな体を抱きしめ、頭をやさしく撫でた。

 

 

 

そんなにいらついてたかしら?

 

なんか、あったのかな?

 

 

 

その様子に珊瑚も思い返す。

 

かごめと戻った後の犬夜叉は確かに普通だった。

というより、上機嫌なほど。

 

楓の頼みごとも普段なら文句ばかりいい散らし、

さっさとどこかに行ってしまうのに、

珍しく巻き割りや水汲みをしていた。

 

もっとも、かごめちゃんに怒られた手前、

やらざるを得なかったのだろうけど・・・。

 

でも、ここ数日、不貞寝ばかりしているような気がする。

眉間に皺寄せて、むっとしているような・・・。

 

そう、確かに彼はいらついていた。

 

 

 

 

「ねぇ、法師様も気がついてた?」

 

黙って、楓と共に炉辺でのんびりと佇んでいた弥勒に目をやった。

 

「ま、仕方のないことですね。」

 

済ました顔で、さらりと応える。

 

「仕方ないって何のこと?」

 

「・・・・・」

 

含み笑いを浮かべる弥勒は、かごめのほうをちらりと横目で見つめた。

 

 

その視線に気付かず、リュックの中から、

飴を取り出し、七宝を宥めるかごめ。

 

 

(かごめ様もこれから大変だろうに・・・。)

 

 

 

 

 

「ねぇ、弥勒様?」

 

「なんです?かごめ様。」

 

「ちょっと実家帰っても大丈夫かな?」

 

「我々としては構いませんが。」

 

「助かるわ。リュックの中見たら、いろいろ買い足さなきゃいけなくて。」

 

「かごめ様の国のものはあると何かと便利ですからね。」

 

「いいよ。かごめちゃんも帰って少し、のんびりしたらいい。」

 

 

いらつく犬夜叉を宥めるにも疲れることだろうと珊瑚も賛成した。

だが、七宝はむっとし、「いやじゃ!」と駄々をこねる。

 

「また、おいしいお菓子お土産に持ってくるから、ね?」

 

「仕方ないのう・・・。」

 

と、しょんぼりとする七宝。

 

「ところで犬夜叉は?」

 

かごめは部屋を見回した。

さっきから、姿が見えない。

 

今朝は、ここで寝ていたはず。

 

「犬夜叉なら妖怪退治に出かけたよ。」

 

「妖怪退治?」

 

「ああ、隣村の頼まれごとでの。本当なら法師殿に頼みたかったんじゃが・・・。」

 

 

それまで、黙って皆の会話に聞き入っていた楓が応えた。

 

 

「どうして、弥勒様なの?」

 

「ま、いずれにしても犬夜叉がでてくるまでもない妖怪ってとこですか。」

 

「ん?・・・まぁ、そうとばかりでもないのだが・・・。」

 

 

だが、行ってしまったのは仕方がない。

いらついていたのだから、丁度いい発散になるだろう。

 

楓も珊瑚もそう思った。

 

だが、弥勒だけは違うことを考えていた。

 

 

 

(少しは、その馬鹿体力も半減すれば・・・)

 

 

 

 

 

「じゃあ、犬夜叉が帰ってきてからにしようかな?」

 

「いいんじゃない?別にいちいち断らなくても。」

 

犬夜叉に気遣うかごめに珊瑚は呆れ顔でさらに続けた。

 

「いっつもかごめちゃんに迷惑ばかり掛けてるんだもの。

たまには、あいつにいい薬さ。」

 

 

(珊瑚ちゃん・・・)

 

 

思わず、顔が引きつりそうになったが、珊瑚の言うこともわからないこともない。

 

 

犬夜叉が暴れた後の後始末ばかりさせられて・・・

 

先日は、桔梗のところに何日もいったまま帰らず、

どれだけ、かごめちゃんも苦しんだことか!

 

 

「遠慮なく帰りなよ、かごめちゃん。」

 

「でも・・・。」

 

「犬夜叉には、うちらから、言っとくさ。」

 

「・・・うん。じゃ、そうしようかな。」

 

 

 

 

 

 

かごめは後ろ髪を引かれる思いでリュックを背負い、

犬夜叉の帰りを待たず、井戸へと飛び込んだ。

 

 

(・・・大丈夫よね。犬夜叉。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。」

 

「あら、かごめ?」

 

「何?その荷物・・・。」

 

玄関を開け、廊下を進むと脇に大きなボストンバッグがぱんぱんになって置かれていた。

 

「どっか、旅行にでも行くの?」

 

かごめは何気に居間へと入ると、草太とじいちゃんが

余所行きの服装で何やら楽しそうに会話していた。

 

「あー、姉ちゃん帰ってきたんだぁ。」

 

「かごめ、今日が帰る日とはわからんかったぞ。」

 

「何?旅行?」

 

リュックを下ろし、座布団に腰を下ろす。

 

「姉ちゃん聞いてよ!僕、旅行券当たったんだよ!」

 

「旅行券?」

 

「そ!リゾートチケット!温泉付で二泊三日。」

 

「福引かなんか?」

 

「そ!町のガラポン!」

 

草太もじいちゃんも大喜びで、出立する時間を過ごしていた中でのかごめの帰宅だった。

 

「夏休みだし、せっかくだから行ってこようと思ってね。」

 

ママがキッチンから冷たいジュースをかごめに差し出した。

かごめは「ありがとう」と差し出されたジュースを一気に飲み干す。

 

 

 

久しぶりのジュースの味だわ〜!

 

 

たった一杯のジュースでも

やはり戦国時代と現代で行き来するかごめにとって

いい休息だと、つい寛いでしまう。

 

 

 

 

 

ママは、申し訳なさそうな顔でかごめに言った。

 

「今日、かごめが帰ってくるのがわかっていたら連れて行くんだったけど・・・。」

 

「え?いいよ!あたしは。」

 

「・・・でも。」

 

「大丈夫よ。あたしはこっちでのんびりと

夏休みの宿題でもしながら留守番してるわ。」

 

「そお?」

 

「楽しんできて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かごめは、食事代を貰い、後は自分でやれるからと

旅行に行く家族を快く送り出した。

 

 

 

一人、居間でごろんと寝転ぶ。

 

「なーんか、のんびりとしてて気持いい・・・。」

 

 

 

時計の針はまだ正午過ぎ。

戦国時代から追い立てられるように帰ってきた現代。

 

いつもなら、犬夜叉と必ず一悶着ある帰宅も今日はなかった。

 

 

 

 

「静かでいいなぁ・・・。」

 

(このまま、昼寝しちゃおうっと・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楓ばばぁ!」

 

ものすごい勢いで楓の家へと怒鳴り込み、帰ってきた犬夜叉だった。

 

「もう帰ってきたのか、犬夜叉。」

 

動じることもなく、炉辺から戸口へと目をやる楓。

 

犬夜叉は戸口で仁王立ちし、楓を睨みつける。

 

「なんだよ、あの妖怪は!」

 

「どうかしたのか?犬夜叉?」

 

楓の脇でお茶を飲んでいた弥勒が見上げながら、言った。

 

「どうしたもこうしたもねぇ!」

 

「怒ってばかりじゃわかんないよ、犬夜叉。」

 

 

 

よく見ると、火鼠の衣は砂埃で一杯。

赤い筈の衣の色が白っぽくなっている。

 

珊瑚はそのいでたちに目を丸くし、頭からつま先までを流し目した。

 

「一体どうしたの?その姿。」

 

「あんなのが妖怪退治っていうのかよ!」

 

「?」

 

「七宝みてぇなちっけーのが、何十匹もぞろぞろ山に住み着いてやがった!」

 

珊瑚の脇で飴を頬張る七宝を睨んだ。

七宝は、恐れおののき、さっと珊瑚の後ろへ身を隠す。

 

「それでどうした?」

 

弥勒は、ずずっとお茶を啜りながら、続きを尋ねた。

 

「まさか、あのちっけーのに鉄砕牙使うほどじゃねぇからよ。」

 

「で?」

 

「ぶんなぐって山から追い出した。」

 

 

 

(なんて粗野な退治を・・・)

 

弥勒は、はぁ・・・っと溜息をついた。

 

 

 

犬夜叉は拳を握り締め、いまだ静まらない怒りを落ち着けようと

肩をぷるぷる震わせながらも辛うじて堪え、弥勒を睨んだ。

 

「あんなんだったら、弥勒の風穴で一気に吸い込んだほうがマシだったぜ!」

 

「だから、法師殿にっていったのだ。

話もろくに聞かずに飛び出したのはお主であろう?」

 

「〜〜〜〜!」

 

呆れた顔で犬夜叉を見つめる楓。

珊瑚も目を細め、「だから、かごめちゃんも呆れるんだよ」とポツリとこぼした。

 

 

そういえば、かごめの匂いがしねぇ!

 

 

犬夜叉は、こぼした珊瑚を睨みながら、

「かごめはどこ行った!」と怒鳴った。

 

「そんなにイラつかなくてもいいじゃないか!」

 

珊瑚も負けじと応える。

 

弥勒は、やれやれといった風に犬夜叉を見つめると

「かごめ様は実家に戻られましたよ」

と溜息混じりに応えた。

 

「実家に帰っただと?」

 

「たまには、かごめちゃんも休ませてあげなよ!犬夜叉。」

 

「俺に黙って、実家に帰っただとぉ!」

 

つまらない妖怪退治をさせられた怒りの火が収まらぬ犬夜叉に、

止めを刺すかごめの帰宅。

 

「かごめのやつ〜〜〜〜!」

 

そういうと再び、楓の小屋を疾風のように去っていった。

 

 

 

 

 

「な?すごいイラつきようじゃ。」

 

珊瑚の後ろから、そっと様子を窺い、顔を覗かす七宝。

 

「だから、法師殿にといったのじゃ。」

 

傍観する楓。

 

「やれやれ・・・。」

 

再度溜息をつき、手元の湯飲みを口に運ぶ弥勒。

 

 

 

 

「なぁ、弥勒。なんであんなにいらついとるのじゃ?犬夜叉は。」

 

「お前も大人になったらわかります。」

 

「弥勒はなんともないのか?」

 

「私は男・・・、いえいえ、大人ができてますから。ね、珊瑚?」

 

「なんのこと?」

 

 

 

首をかしげ、弥勒を見つめる珊瑚と七宝。

 

弥勒は、お茶を味わいながら、ふっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あれ?もうこんな時間?」

 

つい居間で眠り込んだかごめの目に時計の針が目に入った。

 

もう六時過ぎてる!

 

 

 

居間のガラス戸から外を見ると、神社の周りの小高い木のせいか

もう薄暗くなってきていた。

 

「夕飯どうしようかな?」

 

起き上がり、キッチンへと向かう。

 

冷蔵庫を見ると、それなりに食材がそろっている。

普段、戦国時代で自給自足に近い食生活を送っているかごめにとっては充分な程。

 

「まだいいな。お腹すいてないし・・・。」

 

パタンと冷蔵庫を閉め、ふと思いついた。

 

 

 

 

そうだ!お風呂入ろう!

ゆっくりと誰にも邪魔されず、のんびりお風呂に入れる!

 

 

 

かごめは早速、風呂の準備に取り掛かった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たっっぷりとお湯を張り、お気に入りの入浴剤で身を潤す。

 

さわやかな香りに包まれ、ゆったりと足を伸ばした。

 

「気持いい・・・」

 

 

 

タオルで顔を拭く。

 

手にお湯を掬っては、ちゃぽんと溢す。

 

 

やがて、かごめは戦国時代【むこう】に置いてきた犬夜叉を思い返した。

 

 

 

 

黙ってきちゃった・・・。

怒ってるだろうなぁ・・・、きっと。

 

 

つい、この間のことを思い出す。

 

あの雨の夜、祠の中での・・・。

 

正直言って、今日家にママがいなかったのはよかったのかも知れない。

だって、もしママが知ったら・・・

 

 

かごめは犬夜叉が触れた自分の胸の先の小さな突起に手をあてた。

 

 

 

(ここに犬夜叉が・・・)

 

そう思った瞬間、顔がかぁっと熱くなっている自分に気がついた。

久しぶりのお風呂のせい・・・、それだけじゃない。

 

次の日、歩くのも難儀したあの感触。

何か挟まったままのような下腹部のさらに下の部分。

 

 

弥勒や珊瑚に悟られまいと、ちょっと犬夜叉との間に距離を置いて接したつもり。

 

 

 

「・・・・・」

 

 

 

 

・・・もしかして、それが原因?

 

犬夜叉の八つ当たりに近い、あのイラつきよう。

自分は、それどこじゃなくって全然気にも留めなかったけど・・・。

 

でも、どこかよそよそしかった態度が気に入らなかったのか。

 

 

 

きっとそうに違いない・・・!

 

 

 

 

「会ったら、謝んなきゃ・・・」

 

ふうっと溜息をこぼしながら、湯船から上がった。

 

 

 

 

どうせ、誰もいないし・・・。

 

 

 

かごめは、着替えることもなく、ただバスタオルを巻きつけ、

キッチンへと向かい、冷蔵庫を開けた。

 

ジュースを取り出し、喉を潤す。

 

「あー、さっぱりしたぁ。」

 

飲み終えたジュースを片付け、鼻歌交じりに自分の部屋へと入った。

 

窓をカラっと開け、どことなくぬるい夏風を部屋に取り込む。

 

「思ったより、暑くなくてよかった・・・。」

 

 

 

もう外は真っ暗。

 

 

 

今日は妖怪退治に行ってるのよね

何時帰ってくるのかもわからないし・・・

 

 

 

大抵、かごめが実家に帰ってくると、

遅くとも夜には犬夜叉が窓から入ってきていたりする。

そんな犬夜叉も今日はいない・・・。

 

 

 

 

家で一人きりの贅沢な時間を心なしか楽しんでいる自分がいた。

 

 

 

(ちょっと会えないのは寂しいけど・・・)

 

 

 

かごめは、鏡台の前に腰を下ろし、コットンに化粧水を含ませると

ペタペタと叩いた。

 

「・・・・・」

 

手を止め、鏡を見やる。

 

 

 

(この間、帰ってきたときの自分と今の自分って変わっちゃったんだ・・・)

 

もう生娘ではない鏡に映し出される自分をじっと見つめた。

 

(もう戻れないんだな・・・)

 

そう思い、自分の胸に手を当てると、ふとあるものに気がついた。

 

 

 

まだ残ってる・・・!

 

バスタオルの淵、胸元に小さく赤い痕が幾つか点々としていた。

 

あの夜、犬夜叉に口付けられた痕が

未だ、その痕跡をしっかりと残していたのだった。

 

 

(もう犬夜叉ったら・・・!)

 

 

赤い痕を指でなぞる様に、そっとひとつひとつに手を添える。

 

「犬夜叉のバカ・・・。」

 

 

 

 

 

 

「誰がバカだって?」

 

「え!」

 

 

 

心臓が飛び出すかと思うほどの衝撃が全身を駆け巡った。

 

その声に振り返ると、

いつの間にかベッドにどかっと腰を下ろした犬夜叉がいたのだった。

 

 

 

 

「・・・犬夜叉!」

 

「何がバカだって?」

 

「いつ来たのよ?」

 

「今だよ。」

 

そういって、徐にかごめの背後へと近づいてきた。

 

かごめは驚きのあまり、鏡台の椅子から肩越しに近づく

犬夜叉から目を離せず、動くこともままならなかった。

 

その表情があまりにも険しく、鋭い獣が獲物を狙うかのように

かごめを見据えていたせいでもあったからだ。

 

 

仁王立ちにかごめを見下ろす。

 

 

 

「なんで、勝手に帰ったんだよ?」

 

「ごめん・・・。」

 

(怒ってるの・・・かな?)

 

素直に詫びるかごめに「けっ!」と腕を組み、顔を背ける。

 

「・・・・ごめん、犬夜叉。」

 

あまりに素直に謝るかごめに拍子抜けしたのか、

もう一度、かごめのほうへと視線を落とした。

 

 

 

(・・・・・・・)

 

 

かごめの体に巻かれた一枚の布。

 

何やら、体の芯から、じんじんと込み上げてくる動物的な感覚。

 

「おい、かごめ。」

 

「何?」

 

かごめを呼び、許しを請うしぐさに更に血が疼く感覚に捉われてくる。

 

 

かごめの返事も終わらないうちに、

犬夜叉は、そのままかごめを腕ごと抱きしめた。

 

 

まだ乾いていない髪ごと手で覆う。

撫でるように、ぐっと包み込みながら・・・。

 

 

「犬夜叉・・・?」

 

「・・・・・」

 

 

頬を摺り寄せるかのように密着させ、

その口元が耳に掛かる。

 

 

「勝手に帰ったりすんなよ・・・。」

 

どこか、甘ったるい声。

 

「離れるな・・・。」

 

妙に掠れた低い響き。

 

 

かごめは、その言葉に酔うように瞳を閉じ、

犬夜叉の背中に手を回し、抱きしめた。

 

 

 

 

「・・・ところで、かごめ?」

 

「何?」

 

「今日は、誰もいねえのか?随分静かだ。」

 

「なんか皆で旅行に行ったのよ。」

 

「なんだ、それ。」

 

「んーとね、あっちでいうと、旅よ。遊びがてらの。」

 

「じゃ、誰もいねぇんだ。」

 

「そうね、明々後日に戻るみたい。」

 

「・・・そうか。」

 

「・・・・・・?」

 

「よし!」

 

「よし?」

 

犬夜叉は、何を納得したのか、大きく頷くと

小首を傾げ、見上げるかごめの体を抱き上げた。

 

「きゃっ!ちょっと何すんのよ!」

 

「決まってんじゃねぇか。」

 

「何が決まってんのよ!」

 

「おめぇ、そんな格好で今更何言ってやがる?」

 

 

そうだった!

すっかり、忘れていた!

パジャマも着ないで、つい一人だと思って

バスタオル一枚巻いただけだった!

 

「犬夜叉!ちょっと!」

 

「なんだよ。喚くなよ。」

 

かごめを抱き上げ、のしのし、ベッドへと歩む。

 

身を捩ろうにも絶対的に力では勝てない。

言葉を発することもできず、ベッドへと横たえられた。

 

かごめの顔の両脇に肘を付き、体の上に覆いかぶさる。

 

犬夜叉は真剣な面持ちで、眼下にいるかごめの、

少し高揚がかった頬に唇を這わせ始めた。

 

 

 

「・・・やっと触れた・・・。」

 

(やっと・・・って?)

 

「あれから、おめぇ、なんか避けてたろ?俺のこと。」

 

(やっぱり、感づいてたんだ・・・。)

 

「話そうにも、いっつも七宝が纏わり付いてるし・・・。」

 

「・・・それで、いらいらしてたの?」

 

「あったりめえじゃねぇか。他に何がある?」

 

「ごめんね。嫌な思いさせて・・・。」

 

 

 

首元に口を落とす犬夜叉の頭にそっと手を回し、抱きしめる。

肩の上で、微かに犬夜叉の息が生暖かく拭きかかる。

 

 

 

「あれ以来・・・。」

 

顔を埋めたまま、掠れた声で呟く犬夜叉。

 

「おめぇに触れる時間もなかったし・・・。」

 

かごめは銀の髪を撫でる手を止めず、黙って聞き入る。

 

「ずっとこうしていたい・・・。」

 

「犬夜叉・・・。」

 

 

 

かごめは犬夜叉の頬に手を掛け、そっと自分のほうへと向けた。

犬夜叉もその手の赴くまま、かごめに目をやる。

 

重なる唇が音を立てながら、お互いを深く貪り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐぐぐ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

/////!」

 

「・・・・・かごめ?」

 

はたっと顔をあげ、真下のかごめを見つめた。

 

「おめぇ・・・・。」

 

/////。」

 

「腹、減ってんのか?」

 

 

 

考えてみれば、戦国時代から帰ってきて、

そのまま昼寝し、夕飯もとることなく

つい湯船に浸かって今となっていた。

 

犬夜叉は、自分の体の下で、ぐぐぅ・・・と音が響いてきた

かごめを見下ろし、ふうっと溜息ひとつこぼした。

 

 

「けっ!ったく、これからって時に!」

 

「そんなに怒んなくても。」

 

二人、ベッドから身を起こす。

 

「さっさと飯済ませろよ。」

 

「・・・はい。」

 

 

(そんなに威張って言わなくても・・・。大体いきなり来るって思ってなかったし・・・)

 

 

かごめは、ベッドの隅に置いてあるパジャマを手に取り、

ベッドで背を向け、座り込む犬夜叉に目を向けた。

 

「・・・あんたは、お腹すいてないの?」

 

「・・・・・。」

 

「いらない?」

 

「・・・・食う。」

 

「じゃ、なんか簡単なもの用意するから。」

 

「おう。」

 

そういって、そそくさと部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷蔵庫の中を開けてみる。

 

 

 

今からじゃたいしたもの用意できないなぁ・・・。

こんなことなら、買い物しとけばよかったかも。

 

 

中を覗き込み、何を作ろうかと思案を練る。

 

犬夜叉は、キッチンのテーブルで腕を組み、

かごめの後姿をずっと目で追っていた。

 

 

「ねぇ、本当に何でもいいの?」

 

振り向き様、肩越しに尋ねる。

 

「ああ?・・・別になんだっていいよ。」

 

 

 

(なんか、新婚みたい・・・)

 

 

戦国時代では考えられないほどの穏やかな時間。

 

黙って、かごめの手料理を待つ犬夜叉の姿を見て、

つい笑みがこぼれた。

 

「早くしろよ。」

 

「はいはい。」

 

「我慢できねぇ。」

 

「そんなにお腹すいてたの?」

 

「って、違うだろ!」

 

(・・・そっちか・・・)

 

 

 

ムードってもんが欠落してるのよね・・・

もっとも、お腹がなったあたしもムードにかけてたかも知れないけど・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単に用意を済ませ、食事を終えると、

「じゃ、下げるわよ?」

と、テーブルに出した食器をシンクへと運び始まった。

 

 

 

いつものように、スポンジに洗剤をつけ、

洗い物を始める。

 

(この後って、どういえばいいのかな・・・?)

 

 

なんせ、まだ一回しかしていないのに、

まさか自分から「さあ!」とも言いづらい。

 

 

時間を稼ぐようにいつにもまして念入りに食器を洗うかごめ。

 

 

 

 

 

 

その後ろで、かごめが後片付けをしている様子を見つめていた犬夜叉だったが、

空腹を満たされ、目の前で無防備に背を向けているかごめを

眺めていて、なんの感情も沸き立たない訳がない。

 

「・・・・・」

 

 

 

 

 

 

痺れを切らした犬夜叉は、すくっと立ち上がると、

洗い物を終え、濡れた手をタオルで拭いている

かごめの体を後ろから羽交い締めた。

 

 

「きゃああ!何するのよ!」

 

「もう待てねぇ!」

 

濡れた手をバタつかせるかごめの体をひょいと肩に担ぐ。

 

「まだ手も拭き終わってないのに・・・!」

 

「もう飯は食ったろ?腹減ってないんだろ?」

 

「そうだけど・・・。」

 

「じゃ、もういいだろうが。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あたしに気遣ってくれたのかな?)

 

 

 

(それにしても・・・)

 

 

 

だが、まるで荷物のように肩に担ぎこまれ、

二階のかごめの部屋へと連れて行かれる自分は・・・。

 

 

(ほんっとうにムードも何もない・・・)

 

 

 

 

 

 

犬夜叉は、部屋に入ると慣れた手つきで後ろ手でドアを閉め、

そっとかごめの体をベッドへと再び横たえた。

 

 

「もう待てねぇからな。」

 

「う、うん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・。」

 

「ねぇ、犬夜叉?」

 

「・・・・・・・。」

 

「ねぇってば。」

 

「・・・・って、今度はなんだよ!」

 

「・・・・窓。」

 

「・・・!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、密室が出来上がり、犬夜叉はベッドの上のかごめを見下ろしながら、

緋の衣を床へと脱ぎ捨て、ギシッとスプリングの軋む音を立て、

ベッドへと足をかける。

 

「・・・かごめ・・・。」

 

 

そして、再び、犬夜叉とかごめは重なり始めた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT