more so
・・・ 1 (2006.10.5)
「そういえば、法師殿。」
「なんです?楓様」
楓は、囲炉裏に火箸を突きながら、
脇で休む弥勒に声をかけた。
珊瑚も飛来骨の手入れの手を休めず、耳を傾けた。
「隣村の荒れた山で妖怪が暴れているとの噂でのぅ。」
「妖怪だぁ?」
部屋の隅で寝そべっていた犬夜叉も同じく聞き耳を立てていたのか、
妖怪・・・という言葉に反応した。
「なんぞ、暴れまわって村人達も困っていると聞いてな。」
「で、我々に退治を?」
「というより、法師殿に・・・。」
その一言に犬夜叉が割って入り込む。
「けっ!妖怪退治なら、俺でいいじゃねぇか!」
「犬夜叉!これ!」
楓の言葉も待たず、さっさと楓の小屋を飛び出していく犬夜叉。
「・・・なんだ?あやつは?話もろくに聞かずに。」
「最近の犬夜叉は、大分いらついとるようじゃ。」
珊瑚の後ろで、雲母と戯れていた七宝がひょいと顔を出した。
とことこと炉辺に座り込み、楓と弥勒の見つめる中。
七宝は、犬夜叉の出て行った簾のほうを見ながら、溜息をついた。
「こないだの雨の日、かごめと帰ってきた頃はさっぱりした顔してたんじゃが・・・。」
「さっぱりした顔?」
珊瑚が七宝の言葉に頭を傾げる。
「そうじゃ。憑き物が取れたように機嫌がよかったのじゃが。」
大人びたように腕を組み、さらに続ける。
「こないだなんか、夜、厠に行こうと目を覚ましたら、
犬夜叉がものすごい目でおらを睨みつけたんじゃ!」
「睨みつけた?」
思わず、飛来骨を磨いていた手を止め、聞き返した。
「おらも恐ろしくなって・・・。」
「あー、それでオネショしちゃったんだ。」
珊瑚は、思い出した。
二日ほど前の朝、かごめが七宝に湯浴みのお湯を沸かし、
体をきれいに洗っていた。
庭先には、風に靡くように七宝の小さな袴がパタパタとはためいて・・・。
「だから、夕べはあたしのところで寝たんだ。」
「・・・睨まれたとき、ちょっと驚いたら・・・。」
語尾を濁し、俯く七宝。
「別に怒るようなことじゃないよ。七宝。」
珊瑚は、落ち込む七宝を諭した。
「違うわい!かごめは『気にしてない』って言ってくれたわい!」
「じゃ、どうして?珍しいじゃないか?」
「・・・それは。」
「あたしがなあに?七宝ちゃん。」
庭先から、かごめが戻ってきた。
「かごめ〜!」
七宝は飛びついた。
「最近の犬夜叉はいらついとるの、知っとるよのぅ!」
「・・・そう?かな・・・?」
「昨日なんか、おら何も悪いことしてないのに殴ったんじゃ!」
「そう・・・。かわいそうに・・・。」
かごめは小さな体を抱きしめ、頭をやさしく撫でた。
そんなにいらついてたかしら?
なんか、あったのかな?
その様子に珊瑚も思い返す。
かごめと戻った後の犬夜叉は確かに普通だった。
というより、上機嫌なほど。
楓の頼みごとも普段なら文句ばかりいい散らし、
さっさとどこかに行ってしまうのに、
珍しく巻き割りや水汲みをしていた。
もっとも、かごめちゃんに怒られた手前、
やらざるを得なかったのだろうけど・・・。
でも、ここ数日、不貞寝ばかりしているような気がする。
眉間に皺寄せて、むっとしているような・・・。
そう、確かに彼はいらついていた。
「ねぇ、法師様も気がついてた?」
黙って、楓と共に炉辺でのんびりと佇んでいた弥勒に目をやった。
「ま、仕方のないことですね。」
済ました顔で、さらりと応える。
「仕方ないって何のこと?」
「・・・・・」
含み笑いを浮かべる弥勒は、かごめのほうをちらりと横目で見つめた。
その視線に気付かず、リュックの中から、
飴を取り出し、七宝を宥めるかごめ。
(かごめ様もこれから大変だろうに・・・。)
「ねぇ、弥勒様?」
「なんです?かごめ様。」
「ちょっと実家帰っても大丈夫かな?」
「我々としては構いませんが。」
「助かるわ。リュックの中見たら、いろいろ買い足さなきゃいけなくて。」
「かごめ様の国のものはあると何かと便利ですからね。」
「いいよ。かごめちゃんも帰って少し、のんびりしたらいい。」
いらつく犬夜叉を宥めるにも疲れることだろうと珊瑚も賛成した。
だが、七宝はむっとし、「いやじゃ!」と駄々をこねる。
「また、おいしいお菓子お土産に持ってくるから、ね?」
「仕方ないのう・・・。」
と、しょんぼりとする七宝。
「ところで犬夜叉は?」
かごめは部屋を見回した。
さっきから、姿が見えない。
今朝は、ここで寝ていたはず。
「犬夜叉なら妖怪退治に出かけたよ。」
「妖怪退治?」
「ああ、隣村の頼まれごとでの。本当なら法師殿に頼みたかったんじゃが・・・。」
それまで、黙って皆の会話に聞き入っていた楓が応えた。
「どうして、弥勒様なの?」
「ま、いずれにしても犬夜叉がでてくるまでもない妖怪ってとこですか。」
「ん?・・・まぁ、そうとばかりでもないのだが・・・。」
だが、行ってしまったのは仕方がない。
いらついていたのだから、丁度いい発散になるだろう。
楓も珊瑚もそう思った。
だが、弥勒だけは違うことを考えていた。
(少しは、その馬鹿体力も半減すれば・・・)
「じゃあ、犬夜叉が帰ってきてからにしようかな?」
「いいんじゃない?別にいちいち断らなくても。」
犬夜叉に気遣うかごめに珊瑚は呆れ顔でさらに続けた。
「いっつもかごめちゃんに迷惑ばかり掛けてるんだもの。
たまには、あいつにいい薬さ。」
(珊瑚ちゃん・・・)
思わず、顔が引きつりそうになったが、珊瑚の言うこともわからないこともない。
犬夜叉が暴れた後の後始末ばかりさせられて・・・
先日は、桔梗のところに何日もいったまま帰らず、
どれだけ、かごめちゃんも苦しんだことか!
「遠慮なく帰りなよ、かごめちゃん。」
「でも・・・。」
「犬夜叉には、うちらから、言っとくさ。」
「・・・うん。じゃ、そうしようかな。」
かごめは後ろ髪を引かれる思いでリュックを背負い、
犬夜叉の帰りを待たず、井戸へと飛び込んだ。
(・・・大丈夫よね。犬夜叉。)
「ただいま。」
「あら、かごめ?」
「何?その荷物・・・。」
玄関を開け、廊下を進むと脇に大きなボストンバッグがぱんぱんになって置かれていた。
「どっか、旅行にでも行くの?」
かごめは何気に居間へと入ると、草太とじいちゃんが
余所行きの服装で何やら楽しそうに会話していた。
「あー、姉ちゃん帰ってきたんだぁ。」
「かごめ、今日が帰る日とはわからんかったぞ。」
「何?旅行?」
リュックを下ろし、座布団に腰を下ろす。
「姉ちゃん聞いてよ!僕、旅行券当たったんだよ!」
「旅行券?」
「そ!リゾートチケット!温泉付で二泊三日。」
「福引かなんか?」
「そ!町のガラポン!」
草太もじいちゃんも大喜びで、出立する時間を過ごしていた中でのかごめの帰宅だった。
「夏休みだし、せっかくだから行ってこようと思ってね。」
ママがキッチンから冷たいジュースをかごめに差し出した。
かごめは「ありがとう」と差し出されたジュースを一気に飲み干す。
久しぶりのジュースの味だわ〜!
たった一杯のジュースでも
やはり戦国時代と現代で行き来するかごめにとって
いい休息だと、つい寛いでしまう。
ママは、申し訳なさそうな顔でかごめに言った。
「今日、かごめが帰ってくるのがわかっていたら連れて行くんだったけど・・・。」
「え?いいよ!あたしは。」
「・・・でも。」
「大丈夫よ。あたしはこっちでのんびりと
夏休みの宿題でもしながら留守番してるわ。」
「そお?」
「楽しんできて!」
かごめは、食事代を貰い、後は自分でやれるからと
旅行に行く家族を快く送り出した。
一人、居間でごろんと寝転ぶ。
「なーんか、のんびりとしてて気持いい・・・。」
時計の針はまだ正午過ぎ。
戦国時代から追い立てられるように帰ってきた現代。
いつもなら、犬夜叉と必ず一悶着ある帰宅も今日はなかった。
「静かでいいなぁ・・・。」
(このまま、昼寝しちゃおうっと・・・)
「楓ばばぁ!」
ものすごい勢いで楓の家へと怒鳴り込み、帰ってきた犬夜叉だった。
「もう帰ってきたのか、犬夜叉。」
動じることもなく、炉辺から戸口へと目をやる楓。
犬夜叉は戸口で仁王立ちし、楓を睨みつける。
「なんだよ、あの妖怪は!」
「どうかしたのか?犬夜叉?」
楓の脇でお茶を飲んでいた弥勒が見上げながら、言った。
「どうしたもこうしたもねぇ!」
「怒ってばかりじゃわかんないよ、犬夜叉。」
よく見ると、火鼠の衣は砂埃で一杯。
赤い筈の衣の色が白っぽくなっている。
珊瑚はそのいでたちに目を丸くし、頭からつま先までを流し目した。
「一体どうしたの?その姿。」
「あんなのが妖怪退治っていうのかよ!」
「?」
「七宝みてぇなちっけーのが、何十匹もぞろぞろ山に住み着いてやがった!」
珊瑚の脇で飴を頬張る七宝を睨んだ。
七宝は、恐れおののき、さっと珊瑚の後ろへ身を隠す。
「それでどうした?」
弥勒は、ずずっとお茶を啜りながら、続きを尋ねた。
「まさか、あのちっけーのに鉄砕牙使うほどじゃねぇからよ。」
「で?」
「ぶんなぐって山から追い出した。」
(なんて粗野な退治を・・・)
弥勒は、はぁ・・・っと溜息をついた。
犬夜叉は拳を握り締め、いまだ静まらない怒りを落ち着けようと
肩をぷるぷる震わせながらも辛うじて堪え、弥勒を睨んだ。
「あんなんだったら、弥勒の風穴で一気に吸い込んだほうがマシだったぜ!」
「だから、法師殿にっていったのだ。
話もろくに聞かずに飛び出したのはお主であろう?」
「〜〜〜〜!」
呆れた顔で犬夜叉を見つめる楓。
珊瑚も目を細め、「だから、かごめちゃんも呆れるんだよ」とポツリとこぼした。
そういえば、かごめの匂いがしねぇ!
犬夜叉は、こぼした珊瑚を睨みながら、
「かごめはどこ行った!」と怒鳴った。
「そんなにイラつかなくてもいいじゃないか!」
珊瑚も負けじと応える。
弥勒は、やれやれといった風に犬夜叉を見つめると
「かごめ様は実家に戻られましたよ」
と溜息混じりに応えた。
「実家に帰っただと?」
「たまには、かごめちゃんも休ませてあげなよ!犬夜叉。」
「俺に黙って、実家に帰っただとぉ!」
つまらない妖怪退治をさせられた怒りの火が収まらぬ犬夜叉に、
止めを刺すかごめの帰宅。
「かごめのやつ〜〜〜〜!」
そういうと再び、楓の小屋を疾風のように去っていった。
「な?すごいイラつきようじゃ。」
珊瑚の後ろから、そっと様子を窺い、顔を覗かす七宝。
「だから、法師殿にといったのじゃ。」
傍観する楓。
「やれやれ・・・。」
再度溜息をつき、手元の湯飲みを口に運ぶ弥勒。
「なぁ、弥勒。なんであんなにいらついとるのじゃ?犬夜叉は。」
「お前も大人になったらわかります。」
「弥勒はなんともないのか?」
「私は男・・・、いえいえ、大人ができてますから。ね、珊瑚?」
「なんのこと?」
首をかしげ、弥勒を見つめる珊瑚と七宝。
弥勒は、お茶を味わいながら、ふっと笑った。
「・・・あれ?もうこんな時間?」
つい居間で眠り込んだかごめの目に時計の針が目に入った。