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乱 ―1― (2007.4.19)
「かごめちゃん、そろそろ帰るんだろ?」
楓の小屋の前。
小屋の入り口を覆う簾を潜ったかごめの姿を見つけた珊瑚が声をかけてきた。
「うん。この間、友達と約束したのあったし、そろそろ買い足さなきゃいけないものもあるし。」
「かごめちゃんもいろいろ大変だね。・・・無理しないように。」
「ありがとう、珊瑚ちゃん。ごめんね、夕食の支度手伝わなくて。」
「それはいいんだけどさ。」
軽く会話を交わすと、かごめは一人、徐に楓の小屋の傍にある鳥居を抜け、
小さな祠へと足を向けた。
日も傾き始めた頃。
階段には長くのびた影がどことなく重苦しく、それでも一歩一歩と
歩みを進める。
階段を上りきると、小高い丘が見えてきた。
その片隅にある祠へとかごめは向かう。
(手ぶらじゃ寂しい・・・かな?)
ふと自分の手に何もないことを思い起こし、
階段傍の木々の根元にあるささやかながらにも健気に咲き誇る花に目をやった。
白い花。
桜色の花。
空色の花。
色とりどりに我を飾る小さな花弁。
(これがいい・・・かな?)
かごめは軽く腰を屈み込み、そのうちの一枝を「ごめんね」と
小さく呟きながら、か細い茎を折り、手に取った。
(桔梗・・・)
小さな祠に奉られている桔梗の僅かの骨。
裏陶に墓を発かれ、その土と骨を邪な目的にと持ち去られてしまった。
悲しい復活。
かつて、想い合った犬夜叉との再会。
死んだはずの五十年前の因縁が尾を引く宿敵との戦い。
そして、昇天した魂。
その冷たい肉体を最後を迎えるその一瞬まで奈落との戦いにと費やした。
最後の抱擁は、愛した男の腕の中。
ただの女として抱かれた、その腕の中は、暖かかっただろうか。
心癒せただろうか。
傷づいた想いと肉体を・・・。
そう思い、ふと顔を上げ、祠へと目を向けた。
「・・・・・。」
言葉を発することは出来なかった。
祠の前に立ちはだかるは、銀の髪を靡かせた
桔梗が愛した男、犬夜叉。
夕日が髪を輝かせ、さらさらと風に泳がせながらも
その面持ちは影となり、見ることはできない。
その様子はまるで、二人の空間に立ち入ることを阻むかのように
かごめの目には映すことはなかった。
(犬夜叉・・・・)
かごめは、犬夜叉の振り向かないうちに、気がつかないうちにと
踵を返し、その場を逃げるようにと立ち去った。
かごめは、楓の小屋に戻ると、行き場を失った手にした花を見つめ、
黙って座り込んでいた。
花は何も言わない。
ただ、静にかごめの手のうちで、次の自分の運命を待ち構えるかのように
ひっそりと花弁を広げるだけだった。
「せっかく摘んだ花、このままじゃ、かわいそうだよ・・・ね・・・。」
ずっと握り締めていたせいか、僅かに萎れかかっていた花を楓の小屋に飾ろうと、
かごめは花差しに何かめぼしいものはないだろうかと立ち上がり、辺りを見回した。
「花瓶なんかない時代なんだよね・・・。」
萎れかけた花に目をやる。
行き場の失った花は、まるで今の自分のように感じた。
―――――ずっと傍にいる・・・
そう約束したのは、自分だった。
彼の中に渦巻く桔梗への想いは決して失くすことは出来ない。
桔梗の眠る祠に向かい、彼は何を思っていたのだろう。
何を感じていたのだろう。
そこに自分の居場所はあるのだろうか。
決して、言葉に出来やしない感情が胸に大きく蠢、ざわめく。
もう二度と触れることの出来ない相手に犬夜叉は何で購うのだろう。
奈落の卑劣な罠とはいえ、自分のせいで命を失った愛する者への慕情は
生きているかごめには到底太刀打ちできない見えない壁となり、
胸のそこに僅かに澱として暗く淀み沈む。
かごめは花を胸に抱きしめ、その場に立ち竦み、
どこを見つめるともなく俯いた。
「かごめ。」
そのときだった。
突然、犬夜叉が楓の小屋、戸口に掛けられていた簾を勢いよく避け払い、
板間に立ちすくむかごめの前までと押し入ってきた。
「い、犬夜叉!」
誰もいないとは言え、まだ夕暮れ時。
一瞬、かごめの胸元にある花に目をやるも
すぐに切り返すかのようにかごめを見つめる金の瞳。
やがて、犬夜叉はかごめの体を壁に押し付けるように抱き抱え、
鍛え上げられた自分の胸板で華奢なその体に覆い被さった。
「かごめ・・・。」
「・・・・・。」
口元から出る掠れた声が耳元で低く響く。
愛でるように頬を漆黒の髪に摺り寄せ、腰へと回した腕に力が入るのがわかる。
「これから帰るのか?」
「う、・・・うん。」
「そう・・・か・・・。」
壁に押しやられた体で唯一自由のきくのは見開いた漆黒の瞳。
その視線の先には荒々しく払い避けられた簾が微かにゆれ、
その隙間から沈みかけた赤い夕日の光が差し込んでいた。
「三日くらいしたら、こっち【戦国時代】に帰ってくるから・・・。」
「・・・・・。」
それでも壁に押し付けられるような抱擁を解かれることはなかった。
むしろ、それよりも何も言わずに近づく唇が殊更かごめの目を大きく見開かせることになる。
「うう・・・、ん・・・。」
口内に滑り込むように押し入る舌。
息継ぎさえも許さない深い口付け。
それは何度も角度を変え、徐々に深くなっていく。
かごめは一瞬の隙を突き、顔を背けると逃げられない体を捩り、
なんとかその場、その体から身を離そうと試みた。
出来なかった。
犬夜叉は何一つ言葉をかけることもなく、
花を持った手を掴み、壁に押し付けると、
かごめの白い首下に舌を這わせ始めた。
「・・・!」
もう片方の手がかごめの制服の下から入り込み、
胸を覆う下着の隙間へと入り込むと迷わずその頂きへと指を這わせ始めた。
「あ・・・!いや・・・!」
「・・・・・。」
無言のまま、壁にと押し付けられた体。
犬夜叉は黙って、その柔らかい感触を指先で弄び味わう。
「やだ!だめだったら!」
まだ日も落ちぬ刻。
楓の小屋。
誰が来るともわからないこの状況下。
かごめは激しく身を捩り、抵抗した。
「お願い、犬夜叉!離して!もう、帰るんだから・・・。」
「・・・・。」
だが、服の中で動く手は止まることはない。
「お願い!犬夜叉!」
残された手を勢いよく、目の前にある壁のように立ち塞がった厚い胸板にと
叩きつけたところで、ようやく犬夜叉はかごめと目を合わせた。
「駄目だ。」
「・・・なん・・・で・・・。」
かごめの抗議の言葉に耳を貸すこともせず、自分との間に距離を取ろうとする
か弱い手を取り上げると、空かさず袴の脇から自分の中心へと引き込んだ。
「!」
熱が篭るのは犬夜叉が必死に抵抗するかごめの手を握り締めるだけではない。
いつの間にか、熱い情熱滾らす雄そのものと化していた自身に
かごめの手を添えさせる。
「な?止められない。」
「・・・・・!」
犬夜叉はかごめの手の甲を包み込みながら、
自身を特有のリズムで扱き始める。
「・・・!」
物言わせぬ犬夜叉の手が宛がわれた手の平が熱くなっていく。
その手を振り解くことも出来ないかごめは
硬く目を閉じ、ただ成すがまま、犬夜叉の強張っている肉体の一部を握るのみ。
耳元に拭きかかる息さえもまた熱を帯び、
かごめの内側の理性を吹き飛ばすかの如く、袴の隙間の動きを早める。
「あ・・・、はぁ、はぁ・・・・。」
悦に浸る潤んだ金の目は閉ざされたままだった。
犬夜叉は、更にかごめの上着を捲り上げると、
今しがたまで指先で弄んでいた硬くなった蕾を覆う布を
そこだけ取り出すかのように押し下げ、力強く吸い付いた。
「あ・・・!」
思わず洩らす吐息。
吸い付き、舐め転がす舌の動きは双丘の頂きを曝け出すのみならず、
その感覚が腹の下、体の芯に潜む犬夜叉によって目覚め齎せた『女』を呼び起こす。
壁に押し付けたかごめの体に覆い被さったまま
犬夜叉はまるで、その愛しき女の手で頂点を目指すかのように激しく扱き続けた。
「あ・・・、は・・・・。」
「あん・・・、いや・・・ぁ・・・!」
揺れ動く理性と込み上げてくる官能の波。
袴の中で捉えられた自身を掴む手は微かに濡れ始めていた。
「かご・・・め!」
そこまでが限界だった。
犬夜叉はかごめの名を口にした途端、押し付けていた体を僅かに離し、
容易く片足を持ち上げると、そのまま手を下着の中にと滑り込ませた。
腰から太もも、そして、花園を覆う布の中心は
まるで、息を激しく漏らしていたかのようにどことなくしっとりとしていた。
犬夜叉はその花園を隠す部分を横にとずらし、その奥へと指を入れた。
それまで何度となく抵抗していたはずのかごめの肉体は
まるで自分を待ちわびるかのように受け入れる体制を整えていることを
手の平まで伝ってくるなみなみと溢れる潤いで知る。
「かごめ!」
「・・・・。」
「・・・挿れる・・・ぞ。」
「!」
犬夜叉は袴の前紐だけを解き、熱い情熱滾らす自身だけを取り出すと、
横にずらしただけのかごめの下着の隙間から勢いよく、
潤い満ちた花園の中心へと差し込んだ。
「あ!いや!・・・あ!」
激しい進退を繰り返す杭。
壁に押し付けられたかごめの体は犬夜叉の突き上げに
いつしか足の指先さえも床から離され、
その身を支えるかのように両手を銀の髪ごと抱きしめた。
「あ!・・・あん!・・・ああ!」
「はぁ・・・、ん・・・っ!」
打ち付ける杭の勢いが粗末な造りの楓の小屋を微かに揺らす。
人に知られたくない情事。
かごめは声を潜めようと努力はするものの
激しく繰り返される進退になす術もなく、
必死に犬夜叉の体にしがみ付き、込み上げてくる快感の波に負けじと
歯を食いしばった。
「かごめちゃーん・・・。」
「・・・!」
小屋の外。
遠くからかごめの名を呼ぶ声。
「かごめちゃん?」
その声の主は小屋へと間違いなく近づいてくる。
犬夜叉は咄嗟にかごめの体をさっきまでの激しい動きとは打って変わって
やさしく床の上にと降り立たせると、
一瞬微かに唇を合わせ、その身を剥がした。
「かごめちゃん?」
珊瑚が戸口の簾を退け、中に顔を覗かせた。
「きゃ・・・!」
その瞬間、犬夜叉の体が勢いよく飛び出し、
珊瑚の体を一瞬外へと突き飛ばした。
「いった・・・。って、犬夜叉!あんた・・・!」
だが、その時には既に犬夜叉の姿はどこにもなかった。
「なんなのさ、あいつ・・・。」
声にならない声で文句を言いつつ、再び小屋の中へと足を踏み入れる珊瑚。
「かごめ・・・ちゃん・・・?」
かごめは床へと座り込み、足元に散らばる花を拾い集めていた。
「どうかしたの?・・・犬夜叉と喧嘩でもした・・・の?」
「珊瑚ちゃん・・・。」
どこか赤らめた頬に似つかわしくない瞳の奥に揺れる影。
「かごめちゃん?」
「違う・・・の。喧嘩じゃない・・・の。」
そういうと、再び顔を床へと戻し、一つ一つ丁寧に花を拾い集め始めた。
「これから、実家に帰るんだろう?・・・大丈夫?」
「・・・うん。」
「気を・・・つけて・・・ね。」
「・・・・・。」
何があったのか聞く事さえできないほどの面持ちで俯くかごめを珊瑚は見つめ、
今、彼女にできる精一杯の言葉で励ました。
やがて、その俯く顔から大粒の涙がぽつ・・・ぽつ・・・と床にと毀れたが、
かごめは、それを隠そうと拾い集めた花で顔を覆い隠した。
珊瑚は、それを見逃すはずはなかった。
だが、理由は聞けなかった。
「かごめちゃん・・・。」
「花、少し萎れちゃった・・・。こんなにいい匂いなのに・・・。」
顔に宛てがった花で涙を隠すかごめを見つめる珊瑚。
「かごめちゃん・・・。」
「これじゃ、飾れない・・・よね・・・。」
「・・・・。」
「じゃ、あたし、このまま帰るから・・・。」
「あ!かごめちゃん!」
そういって、小走りに小屋の隅に置かれていた荷物を手に取り、
まるで、その場から逃げ失せるようにと珊瑚の前を横切り、
少し萎れた花を抱えたまま楓の小屋を後にした。
やがて、そこに通りかかった弥勒が走り去るかごめの後ろ姿を見つけ、
戸口に落ちていた花を拾い上げていた珊瑚の傍へとやってきた。
「どうした?珊瑚。かごめ様はどうされたのですか?」
「いや。なんか、犬夜叉と喧嘩でもした・・・のかな?」
「喧嘩?」
「うん。なんか、犬夜叉は突然飛び出してくるし、かごめちゃんは泣いていたし・・・。」
「泣いていた?かごめ様が?」
「うん・・・。」
そういって、珊瑚の手に残された花に二人して黙って視線を落とした。
戸口に残されたのは、かごめの手から零れ落ちた一輪の花。
涼しげな青い花弁は、今かごめが流した涙のようにも見える。
珊瑚は、もう一度かごめの立ち去っていった骨食いの井戸へと目を向けた。
「かごめちゃん、どうして・・・。」
瑞々しい青い花弁。
それは、『桔梗の花』だった。
久しぶりの学校では、いつもと何ら変わらないごく普通の生活を過ごした。
必死に負い付こうと先生の講義に耳を傾ける。
放課後の友人たちとの他愛ない会話。
だが、心の奥底では乾いて冷めた自分がいた。
犬夜叉のいない世界。
平和であることは当然ではあるものの、
何が足りないのかと考えるまでもない。
背中に流れる腰まで垂らした銀の髪が見れない。
乱暴ながらにも、いつも自分の傍にいて、
そして、絶対に守り抜いてくれる逞しい肉体がそこにはない。
深い愛情を惜しげもなく、強くぶつけてくる熱い抱擁もない。
犬夜叉がいない・・・。
乾いた理由がそこにあることは知りつつも、
1日。
2日。
そして、かえると約束した3日目を向かえ、日が傾き始めても
その足は戦国時代に向かわせることはできなかった。
瞼の奥に残る桔梗の眠る祠の前に立ちすくんでいた
犬夜叉の哀愁漂う背が消えない。
何を見ていたのだろう。
何を話していたのだろう。
何を感じていたのだろう。
今更ながらにも、自分の中で燻る犬夜叉の中の桔梗の影。
素直に受け入れがたい蟠り。
距離を置けば置くほど感じる慕情はかごめの心に陰りを落とした。
同じ頃、とぼとぼと歩く犬夜叉の姿を見つけた弥勒が声をかけてきた。
いつになく沈んだ面持ちは、
この世界にかごめがいないだけではないことが見て取れた弥勒は
小屋から離れた木の根元に腰下ろし、静かに犬夜叉の顔を見据えた。
「何を考えている?」
単刀直入に切り出す弥勒。
だが、始めから応えなど期待はしていなかったのか、
黙って空を見上げ、小さな溜息ひとつ漏らした。
「かごめ様のことを考えていたのですか?」
「・・・・・。」
「お前はわかりやすい態度を取るからな・・・。」
「・・・・・。」
「離れたくないなら、離れたくない・・・。そういえばいい。」
「知った風に言うな。」
ようやく応えを返したものの、犬夜叉は水干の衣の中で腕を組み、
いつものように不貞腐れた顔で、へっと鼻を鳴らした。
「なら、どうした?」
「・・・・・。」
「私にも言えんことか?ん?」
「おめぇ見てぇに女に詳しくねぇからな。」
「ほぉぉぉ。」
その一言に弥勒は目を見開き、犬夜叉のその表情をしげしげと見つめた。
「おまえの口から、そんな言葉を聞くとは思えませんでしたよ。犬夜叉。」
「って、何勘違いしてんだよ!そういう意味じゃねぇ!」
興奮を抑えられない様子でいきなり立ち上がる犬夜叉だが、
それでもなお冷静沈着を失わない弥勒は涼しげな顔で再び犬夜叉の顔を見上げた。
「お前の中の不安とは、何です?」
「・・・・。」
「言葉に出してみなければわかりませんよ、・・・私にだって。もちろんかごめ様にも・・・。」
「・・・いや。」
弥勒の言葉は犬夜叉の胸の中を弄ったかのように見事に的を射た。
かごめを守ると決意を固めたあの日から考えない日などなかった。
それは、桔梗と被さっていく膨れ上がる底知れぬ不安。
「犬夜叉?」
弥勒は、もう一度同じ問いをしようと、声をかけたときだった。
犬夜叉は、その言葉に応えるのではなく、漠然とした思いを弥勒にぶつけてきた。
「俺は、怖い・・・。」
怖いもの知らずの犬夜叉とは思えない言葉。
「桔梗がいなくなった今、これから、その後をかごめが継ぐ。」
「そうですね。かごめ様の霊力は奈落を倒すには必要不可欠ですし・・・。」
「だとして・・・・。」
「ん?」
「だとして、もし、同じように・・・、桔梗と同じように・・・、もしかしたら・・・。」
「・・・・・。」
「それならば、いっそ、向こう【現代】の世界にいたままのほうがかごめにとって・・・・。」
「犬夜叉・・・。」
「わかってる。わかってはいる・・・・。」
「かごめ様に向こうへ帰れ・・・と言ったのですか?」
「いや。今回はただ実家に帰る約束だった。だが・・・。」
別れを告げた理由でかごめを泣かせたわけではないことがわかっても
今の犬夜叉の心境を把握するにはいまひとつ言葉が足りない。
犬夜叉の心の底にある不安とは何であるのか。
弥勒は少しばかり掘り下げ聞き出そうと試みた。
「お前の不安とは、何なんです?」
「・・・・・。」
「かごめ様の命を思うお前がまだ何か抱え込む不安があるのですか?」
犬夜叉は足元で腰下ろし、自分を見据える弥勒をじっと見つめ返した。
「俺は命に代えてでもかごめは守る。それは絶対にだ!」
「犬夜叉、お前のことだ。かごめ様のことは守り抜くだろう。だが・・・?」
「もし、俺がいなくなって、かごめが一人になって・・・。」
「・・・・・。」
「俺以外の誰かが、もしかして俺以外の誰かが・・・。」
「犬夜叉・・・・、お前・・・・。」
「わかっている。かごめが幸せなら、生きているなら・・・。」
「・・・・・。」
「だが、どうだ?実際僅かに俺の傍から離れるだけでも俺は・・・。」
犬夜叉はぐっと握り拳を胸に唇を噛み締めた。
これから始まる奈落との決戦。
それは、もしかしたら命さえも落としかけない。
命がけでかごめを守り抜くと誓う犬夜叉の覚悟。
それは弥勒自身においても同じ境遇であることには変わりはない。
共に戦う珊瑚を守るため、風穴を広げなければならない羽目になるだろう。
それは自分の命を削ることでもあって・・・。
広がりつつある自分の腕の瘴気の傷を抱え、
いつ、それが心の臓に達するかと言う恐怖と背中合わせ故の強い想い。
相手を思う深い愛。
だが、自分を犠牲にすることで生まれる未来への不安がそこに生まれる。
自分を愛し、見つめ返す瞳に自分が映るうちはいい。
しかし・・・・。
相手を守ることで命を落とすことに後悔はない。
だが、残された相手はどうするのだろうか。
犬夜叉も弥勒も将来を約束したとして、そこまで辿り付けるとは、
奈落との戦いの前では到底確約できない。
普段は物言わぬ犬夜叉の心の内を見た弥勒。
自分の持つ不安と重なる犬夜叉の想い。
それは恰も自分に言い聞かせるかのような言葉であるものの、
あえて、その想いを犬夜叉へと投げかける。
「犬夜叉。」
「ん?」
「今は、傍にいてくれるではないか。」
「・・・・・。」
「かごめ様はどんなときでも、お前を見つめていることは
お前自身よくわかっているのではないか?」
「・・・・・弥勒・・・。」
「私もこのいつ命尽きるかわからん身だ。だが、傍には珊瑚がいてくれる。」
「・・・・・。」
「お前もかごめ様の手を取れるのなら、その手を握り返してやればよい。今はそれだけでも・・・。」
「・・・・・。」
「かごめ様が傍にいないのが辛いのなら、迎えにでも行って来い。・・・犬夜叉。」
「弥勒・・・。」
「帰り際、かごめ様は泣いてらしたようだぞ?」
「泣いていた?・・・かごめが?」
「さぁ・・・。」
(あの後、かごめが泣いていた?)
犬夜叉は、一瞬戸惑いを見せたものの、その足で骨食いの井戸のある森へ目掛け、駆け出した。
飛び去るように掛けていく犬夜叉の緋色の背を静に見つめ、
己もまた、同じ狢であることを思い起こしたように
瘴気に蝕まれた腕を見つめ、そっと唇の端を上げ、微笑んだ。
「珊瑚・・・。お前の笑顔は私だけのものであると・・・。そう思って死んでいってもよいであろう・・・?」
「珊瑚・・・。」
夜空には無数の星が煌き、そして、その中のひとつが尾を引いて
流れ星となって東の空に沈むのを、弥勒は一人見つめていた。
かごめは家族との夕食を終え、先に戦国時代では中々思うように事足せない風呂を済ませると、
いつものリュックを背に自宅傍の骨食いの井戸の祭られている祠までとやってきた。
引き戸を開け、暗い部屋の中を覗きこむ。
あの誕生日の日。
突然、妖怪によって引き込まれた井戸の底も、今はただほの暗かった。
井戸の縁にと手を宛がい、下を眺めながら溜息を漏らす。
思うように足が向かないのは、あの日、桔梗の祠の前で
何を思っていたのか、佇む犬夜叉の背を見たから・・・。
なのに、その後、突然抱かれてしまった。
不本意であったにしても、自分の体は間違いなく彼に応えていた。
桔梗は桔梗。
私は私。
桔梗は死んだのよ。
私は生きてるわ。
幾度となく、それこそ木霊すように反芻してきた言葉。
犬夜叉はあのとき、何を思っていたのだろう。
聞くに聞けない。
いや、聞くことが怖い。
戦国時代に戻るには、今の自分の顔は犬夜叉どころか、
多分犬夜叉にも見せられない表情ではないか。
かごめは気分転換にとリュックを祠の脇にと置くと、
星を眺めながら、夜の冷たい空気でも吸って深呼吸しようと外に出た。
現代では8時を回った頃であろうか。
向こうに見える現代の自宅の居間には明かりが煌々としていた。
多分、ママもじいちゃんも、そして草太もテレビでも見ながら談笑しているに違いない。
(犬夜叉に出会う前は、自分もあの中で何も考えずにいたのよね・・・・)
張り巡らす思慮。
(でも、私達は出会ってしまったのよね・・・・)
「うう~ん。」
かごめは、神社の境内の傍まで来ると大きく伸びをし、大きく空気を吸い込んだ。
肺に入り込んだ夜の空気は春とは言え、まだ冷たい。
だが、気分転換にはもってこいだとかごめはもう一度大きく腕をあげると、
どこからか、人の来る気配を感じ取った。
(こんな時間に散歩かな?)
ふと、月明かりにのびた影の先を目で追う。
「かごめちゃん。」
「あ・・・・。」
それは石田恭平だった。
かごめは、恭平に請われるまま、二人で並ぶように神社の境内に腰下ろしていた。
正直言って、それは決して居心地のいいわけではない。
(俺、本気だから・・・!)
最後に会ったあの日。
車から降りるとき、かごめの腕を掴んできたときの感情が思い起こされる。
『男』とは、そういうものなのであろうか。
時として、力に物言わせるかのように掴んで離さない手の力に
怖さがなかったといえば嘘になる。
それは、犬夜叉もそうであったかもしれない。
でも、彼は言葉にするのが決して上手ではない。
ただ、それは愛する故に受け入れられる行為であって、
恭平に対しては、やはり警戒心を持たないわけではなかった。
かごめは恭平との間に距離を置くようにして腰下ろし、
何故ここに来たのか、自分に何の用があってここまで来たのか、
いつ声に出そうかと考えていたときだった。
「絵里ちゃんからメールが来てさ。」
最初に口火を切ったのは恭平だった。
「かごめちゃんが学校に登校してきたよって。」
「ああ、久しぶりだったし・・・。」
「ここら辺、たまに散歩に来るんだ。」
「散歩?」
「そう。ま、たまにだけど・・・。」
「・・・・。」
「偶然、君に会えるかもって思ってた。」
「・・・・・。」
かごめは恭平の顔を見ることもなく、ただ境内の下の石畳をただ眺めるしかなかった。
だが、それをよそに恭平は言葉を続ける。
「相変わらず、彼氏とはうまくいってる?」
「え?」
「例の彼氏。」
「・・・・・。」
何も言えず、かごめはぐっと膝にかけていた手に力をいれ、項垂れた。
そんな憂いたかごめの表情をじっと見つめる恭平だったが、
話題を変えるように祠へと視線を向けると
「あんなところで何してたの?」と指差した。
「え?ああ、ちょっとネコを探しに・・・・。」
咄嗟に出た嘘。
まさか、これから、あの井戸を通り抜け戦国時代に行ってくるとは冗談にもならない。
「見つかった?」
「・・・・。」
恭平は何かを見抜くかのように、それでもその言葉を飲み込むように
一呼吸置くと、
「こんな時間にあんな暗いところ気持悪いだろ?」
と突然立ち上がり、そこへと向かい歩き出した。
かごめは驚いた。
まさか、祠に入る気ではないか!
彼が井戸に飛び込むことはないだろうが、
それでも、その場所は自分と犬夜叉を繋ぐ、言わば大切な聖域。
「いや!行かないで!入らないで!」
「どうして?」
かごめの制する言葉をよそに恭平は祠の入り口へと手をかけ、引き戸を開けた。
中を覗き込もうとする恭平の腕に咄嗟に掴みかかるかごめ。
「いや!やめて!」
「かごめ・・・ちゃん?」
「ここには入らないで!」
慕う相手が自分の腕に力強く縋り付いている。
いや、正しくはしがみ付いていたのだが。
恭平は思わず胸の奥が高鳴った。
かごめにしてみれば、ただ必死に祠の中に入る彼を抑制しようと
腕を引っ張るかのようにしがみ付いていたのだろうが、
恭平にとって、触れるかごめの体は夢にまで見た『それ』でしかない。
偶然とは言え・・・
恭平は、自分の体に靡き被さってくる髪の香りと
柔らかいかごめの体の感触に眩暈さえ覚える。
「いや!ここには・・・!ここに入らないで・・・!」
必死のかごめの締め出すような声も恭平の耳には入らない。
恭平は咄嗟に自分の腕にしがみ付くかごめの体をそのまま引き寄せると
祠の奥、部屋の内側へ押し込むようにし、扉を閉めた。
(え?)
祠の入り口は格子戸。
それは、月の明かりを透かし、
完全に外界との繋がりを遮断するものではなかったが、
今時分、誰がここに訪れようか。
かごめは逆に掴まれた腕から逃げるように身を捩り始めたが、
それは小さな抵抗にしかならない。
背中に冷たい何かが走る。
「石田さん・・・、離して・・・。」
「・・・・・。」
「腕、痛・・・い。」
それは聞き届けられる願いではなかった。
むしろ、恭平はかごめの両腕をしっかりと掴み、
自分の正面へと体を強引に向けさせる。
「あんな男のどこがいい?」
「石・・・田さん?」
「妬みとか何とか、そんなんじゃない!」
「・・・・・。」
「俺が君から彼氏の話を聞いて、一度でも君は幸せそうな顔をしたことがあるか?」
かごめは応えに詰まった。
幸せそうな顔?
幸せ?
どんな顔?
命がけで戦って、真剣に自分と向き合って想いあって・・・
それこそが至上の愛そのものではないのか
「石田さん・・・・。」
「彼は君には不釣合いだ。」
「・・・・・。」
「俺が・・・と言うわけじゃない。ただ、君は彼の愛玩でしかないんじゃないのか?」
恭平の脳裏に浮かぶのは、あの時耳にしたかごめの・・・。
かごめもまた動揺した。
愛玩?
突然にせよ、なんにせよ、激しい行為に持ち込まれたことは確かにある。
だが、それを自分が彼の愛玩などとは思いもよらない。
かごめは顔を真っ赤にして恭平の手を振り解き、
その場から逃げようと出口を探した。
ちょうど祠の前には恭平が立ちはだかり、簡単には外に出られそうにない。
かごめは思わず、井戸へと降りる階段を見つめ、
戦国時代、犬夜叉のいる世界へと飛び込もうと駆け出した。
(犬夜叉・・・!)
もう少し。
あと少し。
井戸の縁へと手が伸びた。
だが、そこに触れることは出来なかった。
かごめの体は恭平の腕に引き込まれ、
井戸のすぐ脇、土間の上にと押し倒された。